猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示するきょうのネット配信ニュースなどから

福島

震災から4年8ヵ月

被災者支える、地域で唯一の呼吸器内科医 福島・南相馬市

LINEやってないけど、こんなスタンプもあるのだね



この記事のみを表示するこいずみ氏

福島

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本日はこちらのシンポジウムへ。

1部は小泉進次郎氏、糸井重里氏、開沼博氏の鼎談。
糸井さん、開沼さんの活動や考え方などにはネットや著書等で触れる機会も多いけれど、小泉さんについては失礼ながら、毎月11日に被災地を訪問することを続けているんだよねという程度の認識でとどまっていた。
お話を聴いていると、現地に赴いて地元の人たちに真摯に向き合っていることがよく伝わってきた。

「政治家として、“加害者”としての責任を忘れてはならない」、とおっしゃっていたのが個人的には印象に残った。
今も多くの人が避難生活を強いられている。
その責任は政治家にあるのだ、という政治家自身の発言を耳にしたのは初めてのような気がする。

政治家という立場の難しさや葛藤を抱えていることが伝わってくる発言もあったけれど、確かにわたし自身も政治家全般に対する偏見はあるし心理的に距離を置いている部分もある。
でも、このひとは政治家として福島のいろんな方向に目を向けていて、なおかつずっと大変な状況にある人たちのことを心に留めているのだな、ということはすごく感じた。

以上、この鼎談やシンポジウムの本筋とは直接関係ない、ほんとに個人的な感想でした。。。

↓NHKのニュース記事
福島支援の在り方 糸井重里さんら語る

この記事のみを表示する5年ぶりか

福島



南相馬市の北泉海岸で、5年ぶりのサーフィン全国大会開催 by FNN Local



南相馬市の海岸復活に向けて 地元サーファーの思いは… by FNN Local


2012年の1月に北泉を訪れたときの記事では、「多くのサーファーが集まる海でした」と過去形で書いていたけれども(余談だがこの記事読んだら、その頃はまだ自分の中にもいろんな不安があったりしてだいぶ感情的だったことを思い出した)、過去は現在に、現在は未来になっていくのだね確実に。

この記事のみを表示する常磐線の車窓から

福島

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田んぼのあぜ道に彼岸花。
この画像ではわかりにくいけど、左手奥に海も見える。

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東京からいわき方面を目指すときは、日立の前後辺りから海が見えてくる。
勿来の辺りでは、もっとぐっと近くに海が見える。
常磐線の特急に乗るときはいつも、海が見たいからA席をとる。
もうずっと昔から。
でも昔のような気持ちで海を見ることはできないのだな、もう二度と。と思った。

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上空にパラグライダーが。
もしかしてかもめの視線さんだったのかな。
茨城県内を走っているときだったけれど、どうなんだろ。

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空が広くて、窓越しに見ていても吸い込まれそうなくらいきれいだった。

この記事のみを表示する20150919いわき

福島

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2015年9月19日のいわき駅前、夕陽に色づく空がきれいだった。

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目的地はTHE QUEEN。
ちなみにここは『予定~福島に帰ったら~』の歌詞にも登場しているのですな。

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訪れた目的はHARRYのライヴ。

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ハローいわき、久しぶり。
そんな挨拶をしてくれたHARRY。
2012年6月のソニック以来のいわきでのライヴ。

いいライヴだった。
いろいろ思ったことはあるのだが、それはまたそのうちに……

クィーンのマスターも面倒見のいいやさしいお方であったな。

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残念だったのは、タイ料理の『サラータイ』がなくなっていたこと。
どうされているのかな。お元気でありますように。

この記事のみを表示する登録有形文化財

福島

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会津東山温泉 向瀧。

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もともとは会津藩の指定保養所だった場所なのだとか。
公式HPの歴史ページがかなり見応えあり。

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庭園の美しさ。

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どこから見ても絵になります。

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たくさん写真を撮ったのだけれども整理しきれず一部だけアップしますたー

この記事のみを表示するのりのり

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郡山駅で見つけた、福豆屋の海苔のりべん。
海苔弁食べたーいと思って何気なしに買ったのだけど、

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おかずもご飯も何もかもがおいしくて、ヒデキ、カンゲキー!(ヒデキじゃないけど)
あまりにも好みの駅弁だったので、帰宅してから例によってネットで調べたところ、そもそも前からおいしいと評判の駅弁でしたのねん。
わたしは観ていなかったけれど『マツコの知らない世界』の駅弁特集でも紹介されてたんだ。
納得っす!!
いやー、たまたま買ったお弁当が大当たりでうれしいなあふふふ(例によって単純すぎるわし)。
東京駅でも売っているのだねえ。知らなかったよ。買いに行っちゃうよ。

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そして郡山駅の新幹線改札構内のNewDaysではプラカップも販売されていた。
もしかして、どこでも売っているものなのに今まで自分が気づいていなかっただけかな?
ともかく、そのおかげで缶ビールも車中で堪能。
ビールは好きでも缶から口飲みするビールはどうしてもいただけないので(味覚的に)、プラカップばんざーい!
まあ、缶ビールは缶のまま飲めないとか言うんだったらいつもマイカップを持ち歩けよって話かもしれませんが、ね。

この記事のみを表示する愛ではあるのだけれど

福島



最近ネットで見つけた記事をリンク。

飯舘村 原子力事故前と事故後(平成25年8月、平成27年8月)の比較写真

事故前の飯舘村の美しさ。
きれいとかのどかとかじゃなくて「美しい」という言葉が最もしっくりくる。
自然そのものの美しさもあるけれど、人々が大切に育んで守ってきたからこその美しさだったのだと思う。
「だった」と過去形で書かざるを得ない今。
帰省の際に通過するだけだけれども、その変わり果てた様子に目が慣れ始めている自分もいる。

飯舘村に関しては↓こういうニュースも読んだ。単純に、すごいなあと思ってなんだか力が湧いてくるような思いになる。
福島)飯舘の神社で焼失したオオカミ絵、東京で復元中

自分の中にあるものは確かに愛郷心なんだろう。ということを↓の記事を読んで思った。
どこに行っても、どこまでいっても当事者ではないのだけれど。
しかしなんでこんなにいやな感情がいつまでもこびりついているんだろう、とたまに自覚してハッとする。
記事中にある「愛郷心や当事者性を掲げることで得られる権威性によって周りが反論できなくなり議論をしづらくなる。そういった「難しい・面倒くさい」構造がうまれないように意識しています。」という開沼さんの言葉、「権威性」って意識したことがなかったけれど、そういうことなんだな……

戦後日本の風景は奇妙な愛郷心によって作られた 福島をめぐる議論の出発点を開沼博・武田徹両氏が語る

この記事のみを表示する夫沢のこと

福島

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↑この画像は昨年のお盆に夫沢にお墓参りに行ったときのもの。
墓地の向こう側に見える鉄塔やクレーンがある場所は、いわずと知れた東京電力福島第一原子力発電所。

あの場所が太平洋戦争中、特攻隊が訓練する飛行場だったとは。
1945年8月9日、10日に空襲を受けていたとは。

この墓地に眠る祖父が亡くなったのは2008年の暮れだった。
その気になれば機会はいくらでもあったはずなのに、一度も戦争の話を聴いたことがない。

祖父が生前、何度もくり返し「原発で事故が起きたらもう二度とここには住めなくなるぞ」と言っていたことだけは、今も身内の間でくり返し話題にのぼっているのだが。

以下、大熊町(夫沢)磐城飛行場に関するリンク。

「空襲も原発も…どうしてここばっかり」 国策と大熊町(朝日新聞)
※空襲の動画の一部は8月20日までこちらで公開とのこと。

特攻訓練場だった福島第1原発 「国策」の果ての事故現場 「忘れられた過去」の痕跡(47NEWS)

福島第一原子力発電所の用地取得(Wikipedia)

↓個人の方のブログですが、2009年に夫沢を訪問されたときの記事。今となってはとても貴重な画像ばかり。
この記事にある「東電展望台」にはかつて何度か行ったことがある。
http://1901rjtt-to-roah.blog.so-net.ne.jp/iwaki_airfield

いろいろと、歴史を知れば知るほどなんともいえない気持ちになる部分は多い。
でも個人的には、夫沢には今も胸が温かくなるようないい思い出しかない。
あらゆる矛盾について、もっと深く考えていかなくてはと思う。

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こういちくん、ここではなくて、お母さんと奥さんのところに帰れているかな。
そうでありますように。

この記事のみを表示するTHANK YOU SHEENA

福島

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帰省中にした、母と妹との会話。
以前、泉谷しげるの南相馬でのライブに母と妹が行ったという話を聞いていたので、「そういえば泉谷しげる、南相馬にまたくるみたいだね。9月に雲雀ヶ原で開催されるロックフェスに出るんだって」と教えた。

すると、「ああ、前にシーナ&ロケッツとかが出たのと同じライブがー?」と母。
「あれ?シーナ&ロケッツがきたのって雲雀ヶ原だったんだっけ?」とわし。
「んだよー、白竜も出たライブ」と母と妹。
「ああ、それとは違う。今度の9月に雲雀ヶ原であるのは騎馬武者ロックフェスというのだから」とわし。

あーでもそっかそっかー、雲雀ヶ原にきてくれたんだ、シーナ。
調べたところシーナ&ロケッツではなく、“鮎川誠&シーナ”でのライブだったようですが、でもなんだか実家で突然シーナの名前が出たことで不意打ちのように胸がぎゅうんとなってしまったのでありました。

そのときのライブのオフィシャルページ
(その当時はまだFBをやっていたので、自分が「いいね」を押していた形跡もこのページからみてとれるのだが、FBで見た記憶自体が自分の脳から消えていることがまたおそろしい)

いい写真ばかり。
涙がでそう。

母にとっては「雲雀ヶ原で歌ってくれた人」としてシーナのことがずっと記憶に残り続けるのかもしれない。

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今さらながら、ありがとうって言いたい。心から。