猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する3年5ヵ月目に

福島

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母方のご先祖様のお墓参り。

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2012年9月に訪れて以来の大熊町夫沢。
会津若松で避難生活を送っている叔父たちの一時帰宅に同行。
南相馬原町で暮らす両親とともに。

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スクリーニング所で防護服を受け取り、車中で着替える。
手は布手袋1枚、ゴム手袋2枚の計3枚重ね。
足元は2枚重ね(帰りのスクリーニング所では、靴底のみ線量の測定を行う)。

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水道はもちろん通っていないので、お花を生けたり、手袋の汚れを落としたりするのに使う水は、叔父たちが車に積んできていた。
お墓のまわりの雑草を抜いていた叔父の手袋は泥だらけになっていた。

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持参した線量計の数値もやはり11μSv/h前後(だいたいat100cm)だった。

南相馬市原町の実家辺りの空間線量率は0.1~0.2μSv/h前後(だいたいat100cm)。
100倍ぐらい違う。

グラフィックス1

地図で説明すると、墓地のある場所は赤いマークのある辺り。
除染はされていても、2011年3月11日以降、日本で最も線量の高いエリアであることは間違いないと思う(そしてここまで高いのはこのエリアだからなのであって、当然のことながら、ここ=福島県全体ではない)。

津波で亡くなったこういちくんの遺体が見つかったのは、上の地図の右下にある栽培漁業協会の近く。

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その場所も雑草に覆われて、以前とはすっかり景色が変わっていた。

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こういちくんのお母さんが、こういちくんのためにビールを。

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叔父たちの家へ。
2012年9月に訪れたときはもっと草が生い茂っていて車が入ることができなかったが、叔父たちが一時帰宅の度に撒いている除草剤の効果なのだろう、今回はすんなり入ることができた。

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叔父たちの愛犬が暮らしていた小屋は草に埋もれていた。
甘えん坊で人懐っこい、大きな体にやさしい心をもった子だった。

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除染されていない叔父宅の庭の空間線量率は20~30μSv/h前後(だいたいat100cm)。
線量計のカウンターが動きっぱなしで数値はころころ変わった。
線量を正確に測るのは難しいし、これも単なる目安に過ぎない。
2011年の秋に叔父が初めて一時帰宅をしたときは50~60あったというから、それに比べれば半減はしている。
でもだからといって決して希望などを感じられるわけではないのだった。

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それでも花はきれいでね。

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車中から見た、叔父宅の近所の池に咲いている睡蓮の美しさが夢のようだった。