猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する開かれた場所に置きなはれ

SONGS&WORDS

AAP1010091.jpg


おそらく10年以上前に切り抜いて持っていた朝日新聞の記事が、ある日出てきた。
書評欄の1コーナーとしてあった、『大好きだった』というシリーズの記事。
作家の伏見憲明さんが「19歳で出あった本」として林真理子さんの『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を紹介している。

「林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』と、三島由紀夫の『仮面の告白』はよく似た作品だ。と僕は以前から思っている。どちらも、他人に言うのがはばかられる欲望の内部に降りて行って、そのからくりを暴いた。」

という書き出しで始まる。

「(中略)しかし、時代や立場は異なるにせよ、『仮面の告白』が自己憐憫を漂わせている一方、林には自分を笑うだけの余裕があった。
 笑えることは健全だ。それは林とフェミニズムとの比較でもよくわかる。」

「(中略)林は「私ってお金と名声が大好きな女なんだ」と上昇志向や自己承認に力点を置き、フェミニズムは差別への怒りをその根拠にした。
  が、ある種のフェミニズムは次第に、弱者の視点から世界像を塗り替えようとするあまり、独善的な倫理を要請しているイメージを人々に与えた。」

「(中略)怒りはしばしば自分を絶対化し、他者がそれぞれに理由を抱えて生きていることを忘れさせてしまう。反対に、笑いには、立ち位置を相対化する視点と、敵でさえそこに呼び込む求心力がある。
  僕は若い頃、笑いによって自分を開かれた場所に置いておくという知恵を、林から大いに学んだ。」


この記事を10年以上前に切り抜いたときに「そうだよね……」と思った部分、今はより強く自分ごととして実感する。
「怒りはしばしば自分を絶対化し、他者がそれぞれに理由を抱えて生きていることを忘れさせてしまう。反対に、笑いには、立ち位置を相対化する視点と、敵でさえそこに呼び込む求心力がある。」

そして「笑いによって自分を開かれた場所に置いておくという知恵」ということば。

長年どこかにまぎれこんでいた切り抜きだけど、自分に必要なタイミングで届くものなのだな、なんてことも思ったりした。

きちんと怒りを表明したほうがいい、あるいはそうするべきときもあるだろう。
でもそういうときでも「立ち位置を相対化する視点」はもちたいものだと思う。
年々、ほんとに頭も心もガチガチに硬くなってきていることを自覚しているだけに、そこはわたしはかなり意識して努力しなければーだーめーだー

糸井重里さんが度々書かれている(自分も前にも引用させていただいた記憶あり)、このことにも同意。
「ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます。」

そしてユーモアといえばわたしにとってはこの曲なのであります。