猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する

LIFE

0-1aaIMG_20130622_172243 (1)


今朝の『あまちゃん』を観て大泣きした余韻をまだひきずっており、
自分が上京した頃のことまでついでに思い出してしまった。
地方から上京するということに限らず、育った家や場所から旅立つときには
みんなそれぞれに物語があんだべなあ。

自分が上京してきた日のことは以前この記事に書いたことがある。
その中で書いていた「バイト」とは新聞配達だった。

高校時代、ある職業に就きたいと思い、
最短コースで就職できそうなルート?を検討した結果、
その道の専門学校に行くのがベストではないかと判断した
(今だったらちゃんと勉強して大学に行く道を選びたい)。
そしてある2年制の専門学校を選んだ。
当時はとにかく早く社会に出てみたかったし、親元を離れて経済的にも自立したかった。
そんなわけで学生生活を送る2年間は新聞奨学制度を利用することにしたのであった。
新聞奨学生になると住居と朝晩の食事がもれなくついてくる。
東京暮らしのスタートは楽だったと思う。

ただ毎朝3時半に起きて新聞配達して学校に行って……というのは
想像以上にきついことではあった。
夕刊配達もあるので、学校が終わった後友達と遊んだりすることもあまりできないといった
小さな欲求不満も積もり続けた。甘えた考えだとは今となれば思うが当時はね。
ライブは休みの日に行っていたし、気の合う仲間たちもいて楽しいこともたくさんあったけれど、
その年の冬になる頃にはもう新聞配達も学校もやめて故郷に帰るべか…と考えるようになり、
やがてほぼそう決意して、ある日実家の母に電話で「全部やめて帰る」と告げた。

そのとき母は言ったのだった。
「新聞配達はやめてもいいから、学校はちゃんと卒業しろ」と。
「自分で決めたことをひとつ中途半端に終わらせてしまうと、
その後もなんでも中途半端にして平気な人間になってしまうから」と。

結局わたしは1年で新聞奨学生をやめ、その次の年は両親に学費を出してもらって通い、
なんとか無事に卒業できた。

なんてことを思い出していてふと気がついたのは、
あの頃の母の年齢がちょうど今の自分くらいだったということ
(正確には今の自分の年齢より3歳くらい若かった)。

な、なんか……これでいいのかじぶん……(いいわけがない……)
ひとつ中途半端にすると、その後も中途半端にしてしまうことが増えてくるという真理を
身をもって感じている今の自分よ……


与えてもらいっぱなしの人生だなあと改めて思う。
親は偉大だ。