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LIFE

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昨日は17歳年下の従弟の結婚式でした。

19歳になる年の春に上京したわたしは、
その頃からほとんど親戚に会うこともなくなったので、
この従弟についても幼い頃のわずかな思い出しかないのだけれども。

あんな小さかった子がこんなに立派になって~~~、
という親族的感慨はやっぱり湧き上がってくるのでありました。
しみじみ。心からおめでたい。

彼のお父さん、つまりわたしの叔父で、母の一番下の弟、のやすひこおんちゃんは
長い闘病生活を経て、2011年の5月に亡くなりました。
まだかなり震災後のショックと混乱の中にある時期でした。
叔父の住まいのある千葉で執り行われた葬儀には、
あちこちの避難先から親族がかけつけました。
わたしの両親も避難先の福岡から飛んできました。

葬儀の後、母の一番上の弟、わたしがこのブログによく書いている叔父
――大熊町から会津若松市に避難しているまさひこおんちゃん――が
車で避難先へと戻る途中、携帯に1本の電話がかかってきたそうです。
それが、津波で行方不明になっていたこういちくんが発見された、という第一報だったそう。
叔父は避難先に帰るのをやめて、その足で身元確認に向かったということです。

何でもこんなふうに意味づけするのは間違っているのかもしれないけれど、
けれどもやっぱりそれは亡くなったやすひこおんちゃんが導いてくれたんじゃないのかなあ。
そう思っています。

昨日、東京ディズニーリゾートの某オフィシャルホテルで行われた披露宴。
雪深い会津から千葉まで車で日帰りでやってきた叔父一家。
披露宴での乾杯の音頭は、まさひこおんちゃんがとりました。
おんちゃん、かっこいいんだな。

来月で2年になるのにいまだに「避難」生活の中にあり、
息子は福島第一原発事故の収束作業にずっと携わり続けている。
その叔父が昨日も身内に話すのは「津波は本当にすごいど」ということ。
別の従弟が「テレビで見たから知ってるよ」と言っていたけれど
テレビで見るのと、目の当たりにするのとでは全然違うのでしょう。
わたしもテレビでしか見ていないから、想像するしかないのだけれど
「想像を超えたもの」なのだと叔父は言っていました。
避難を強いられているのは東京電力が起こした事故のせいだけれども
叔父の脳裏に焼きついて離れないものは津波なのだな、と思いました。
うまくいえないけれど。


何を書きたいのかよくわからなくなってきましたが、
披露宴は若いふたりが自分たちで考えて作り上げたものだということが伝わってくる、
等身大で無理したところのない、温かでほのぼのとしたとてもいい宴でした。
末永く幸せでありますように。


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