猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示するアラーキー@IZU PHOTO MUSEUM

LIFE

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三島にあるクレマチスの丘

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その中のIZU PHOTO MUSEUMへ。

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『荒木経惟写真集展 アラーキー』を観る。

1970年から2012年5月までに制作されたアラーキーの全著作454冊を展示。
壁一面に飾られた写真集や著書、その表紙を目で追うだけでも圧倒される感じ。
フロアの真ん中に配された大きなテーブルにはそれらの写真集や著書が置かれ、
誰でも自由に手にとって観ることができる。
椅子に座ってじっくりページをめくることも可能。

63年~67年に制作されたスクラップブック(あの“さっちん”は63年のスクラップブックに)、
70年に70部限定で制作されたゼロックス写真帖はプロジェクターで、
私家版『センチメンタルな旅』と陽子さんの“小説”(タイトル失念)はモニターで。

さらに『アラキネマ』を全編上映しているスペースがあり、
最新作の『'11.3.11』のプリントも展示されている。

アラーキーのほぼ50年間の写真人生の歴史。
しかもいまなお現在進行形。

わたしがもっとも密度濃くアラーキーの作品を追いかけていたのは'89年~'93年だが、
当時でさえ全然追いつけていなかったんだなあ、ととてもよくわかった。
あくまでもごく一部の作品のことしか知らなかったということを自覚した。

ただ、20年以上も前にひまつぶしに入った書店で
なんとなく目にとまった『東京物語』というアラーキーの写真集を
たまたま手にとった日のことは忘れられない。
何の気なしにパラパラとページをめくっていたらぐんぐん引き込まれて、
何か得体の知れない大きなものがじわじわと
自分の内側に入り込んでくるような感覚に陥ったものである。

好きなバンドだとか、被写体を見ることを目的に写真集を買ったことはあったが、
「写真」を見るために写真集を買ったのは『東京物語』が初めてだった。
買ったばかりのレコードやCDを何度もくり返し聴くように、
この写真集のページを毎日毎日めくった。

他にも好きな写真集はもちろんあるし、
「うわあ、これいいな!」という新たな発見もあったが、
454冊の中にある自分にとっての一冊の不変さにも改めて感じ入った。
なんというか、戻れる、のである。

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それにしてもアラーキーはやっぱり天才だ。
今回は氏が天才であることを再確認しに訪ねたようなものである、結果的には。

たとえばわたしが同じ機材で同じ技術を駆使し同じ被写体を撮影しても
天才と同じ作品になるはずがないということは考えなくてもよくわかるのだが、
いったい何がこんなに違うのだろうと足りない頭で考えてみた。

当然のことながら答えはでない。

でももしかして、と思うことはある。
あえて言葉にするのも恥ずかしいげっちょも
他者(人間だけではない)への愛。
その強さ、深さ、濃さ、大きさが絶対的に違うのかもしれないと。

写真に映り込む、印刷物からも伝わる温度がアラーキー特有のものだと思う。
どこまでも生々しくて、温かい。

ああきれいだわぁ、別世界だわぁとうっとり眺めるような写真とは違って、
同じ世界で生きる、いきものとしての自分の生々しさにも向き合うことになる写真。
生きていることを、いとおしく思えてくる。

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そうそう、ある何枚かの写真を観ていて確信したこともあった。
アラーキーは猫に好かれる人間なんだなーということ。
それもたぶん、あらゆる猫に。
猫に興味のない方には「なんだそれ」って感じかもしれないけれど、
これってすごいことだと思うんですよ。