猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する”他者の苦境に対する人間としての感情”

LIFE



1ヵ月前頃はまだまだ寒くて、
「こんなに寒いのに1ヵ月後には桜が咲いて散っていたりするのだろうか?
想像できん」とか思ったりしていたものだけど、
ちゃんと桜は咲いて、散り始めている。
というかまだ咲いてなかったらそれこそ大変なわけでつが。

今思うことは、この分じゃまたあっという間に夏ですな、ということです。

ところで部屋の片づけをしていたら先月とっておいた新聞の別刷り記事が出てきた。
国境なき医師団の『Frontline』である。
ネットで検索したらpdfでアップされていたのでリンクを。
http://www.msf.or.jp/info/frontline/pdf/frontline_20120318.pdf

このpdfのページDに掲載されている
『人間としての感情が
活動を支え、証言させる』より下記太字部分引用

人道援助活動に身をおきながら、私たちは度々、激しい怒りを覚え、衝撃を受け、
どうしようもなく悲しく、打ちのめされます。一方で緊張状態を解くために、
時には笑いも必要とします。こうしたさまざまな感情は、そこで人びとに起きていることを
わが身に引きつけたとき、自然に湧いてくるのです。比べてみているという意味では、
窮状にある人びとを救う活動は、とてもエゴイスティックとも言えるでしょう。


(中略)

しかし同時に、その状況に涙し、ショックを受け、憤り、かたや笑いを忘れないことで、
私たちは活動を続ける精神状態を保てるのだと思います。


こういう「感情」はこのような国際的な活動を行っている医師団に限らず、
3.11以来国内で支援活動に携わっている方々にも
きっと通じることなのでは……と想像したりした。


そうした支援活動をただ傍観しているひとが、支援活動を続けているひとたちに対して
エゴだの偽善だのと遠くから、あるいは上のほうからいうのは基本的に理解できない。

傍観者であるわたしが今願うことは
でき得る限り「知りたい」ということです。

知ろうとすらしていなかったことが今まであまりにも多い人生じゃったからの。