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この記事のみを表示する村越弘明TOUR2019“Awesome!” 郡山 CLUB♯9

HARRY



2019年3月29日(金)、郡山 CLUB♯9。
ツアー2日目。

初日(3月21日)の渋谷WWW Xは22(ニャーニャー)番という良番をゲットしていたのに行くことができなかったのであった。
なのでわたしにとってはこのツアーの初めてのライヴ。

ものすごくよかった。
かっこよさに心臓がバクバクした。
ハリー、ジェームス、ズズ、ジミー。
この4人だから出せる音。
ブルージー、という言い方が正しいのかわからないけれど、そう度々感じた。
ジミーさんのギターが効いているんだなと思った。
1月のバースデーライヴのときより濃く深くなっているというか、これはもうツアーの間にどんどんますます進化していくのだろうな。

曲が終わるとメンバーへのかけ声は飛び交うものの、ギターチェンジの間はしんと静かになる客席。
ギターを変え終えてマイクの前に立ったハリーが笑いながら言った。

「好きだぜ、この空気感」

ニヤニヤが止まらなくなっちゃったよう~

郡山でのライヴは2012年の9月以来。
そのライヴのときにハリーが我々に対して言ってくれた「上等だな。最高だよ」という言葉は今も宝物みたいなもの。
だって超最高な人から最高だよって褒めてもらったんだから。客のひとりとしてわたしも。

そして昨夜は「好きだぜ」をいただきました、大好きな人から。って感じ(拡大解釈しすぎだが)。

その言葉がなかったとしても、自分の人生を全肯定できるくらいの気分になれたライヴだった。
かっこいい人たちがかっこいい音楽をさらにかっこよくやり続けている。
それを心から好きで楽しんでいるわたしの人生、捨てたもんじゃない。っていうかむしろ素晴らしい。
何を書いているのかわしは。

2012年の郡山の記事を探しがてら過去記事を読み返していたら、ドン・マツオさんのブログの『「かっこいい」考』という記事をリンクしていたことがあった。
また一部引用させていただく。

(前略)その魂から溢れようとする「全て」を、例えば「学校のバカヤロー」だとか「社会のここがおかしい」とか、誰もが分かるメッセージにすり替えてはいけない。それは矮小化であろう。そうすることで彼ら(リスナー)は、「あぁ、確かに社会はロクデモない」とか「人間は寂しいものだ」などとは理解するかもしれないが、本当に聴き手の深い部分に残るものは、言語の外にある「溢れ出てているもの」だと信じる。その意味で、「分かりやすい歌詞」などは却って「それ」が届くのを阻害してしまう。本当に残る「メッセージ」の射程距離は、長く遠い。一方では、近い。それは、頭ででは無く、魂はそれを分かる。そしてボクらはそれを「かっこいい」としか言うことが出来ないのである。それは条件や留保抜きのものだ。
(中略)
「Rockなんてテキトーで良いんだ」とは言わない。「テキトー」なものとそうでないものの違いはすぐ分かる。(と言うか、テキトーなものはスタートラインにだって立たせてもらえないのだ、実際は)それでも、分かりやすいもの、誰もが同じ解釈を持てるものを目指すと云うのは、やはりちょっと人間の理解能力を見くびっているのだ。また、分からないものを分かろうとしないのもまた同様に、自分の理解能力を見切っているのである。






この記事のみを表示する世界は一人

LIFE

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先日、東京芸術劇場プレイルームで『世界は一人』を観劇。
わたしの一番の目当ては松たか子さん。
松さんの舞台は、2年前に『かがみのかなたはたなかのなかに』で観て以来2度目。
今回はとにかく松さんの歌声にしびれまくった。
素敵だったなあ。。。

数日経って改めて思うのは、本当にすごいものを観たのだな自分は。ということ。
演劇の素養がほぼないせいでうまく言葉にできないのですが。
これからも度々思い出すだろうな。
そしてできればもう一度観たい。