猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する8月の終わりに鶯谷で(ネタばれあり)

HARRY



20150830鶯谷・東京キネマ倶楽部にてHARRYのソロライヴ。
1階フロアの後ろのほうで観ていたのだが、ステージに登場した瞬間から客席を見渡して笑顔を見せるHARRY。
なんだか久しぶりにHARRYのそういう屈託のない笑顔を見た気がした
(昨年は1度もHARRYのライヴを観ていないので、実際久しぶりなのだけれども)。

オープニングが『EASY ACTION』。
“かまわず やらせてもらうぜ”と笑顔で力強く歌うHARRYに、「あ、そうなのね今夜のライヴは」と勝手に納得して自分もニヤリとしてしまう。
なんというか、意志が伝わってくるような選曲であり、歌い方だと感じた。
そしてそれは終始一貫していたように思う。

スライダーズの曲も多いライヴだったけれど、どの曲にもすべてHARRYの世界観が垣間見えるというか、HARRYの世界そのものというか。
自分もそれを求めて、それを感じにここにきているんだな、ということをライヴが進むにつれて妙に実感した。
詞の意味を自分自身に引き寄せながら聴きながらも、しかし個人の主観などでは決して揺るがない世界がそこにあることもはっきりとわかる。
HARRYにしか歌えないこと。
その世界にずっと惹かれ続けてきたんだな……今さらだけど。

客席の誰かが「HARRY、元気?」と問いかけたら、「ああ元気だ。みんなは?」といった感じで問い返すHARRY。
「元気ー!」と客席のみんなが応えると、「最高じゃん」と笑うHARRY。
そして一言、「俺も最高だぜ。ライヴがやれてさ」

なーんかちょっと、反芻して胸がつまる。

いろいろ思ったり感じたりしたことが全然まとまらないけれども、とにかくツアーはまだまだ続く!
わたしも来月もまた観に行くよ!
ということで、落ち着いたらまた書くよ~

しかしそれにしてもほんと、ギター1本と声だけというすごさよ。すごいよ。

この記事のみを表示するのりのり

福島



郡山駅で見つけた、福豆屋の海苔のりべん。
海苔弁食べたーいと思って何気なしに買ったのだけど、

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おかずもご飯も何もかもがおいしくて、ヒデキ、カンゲキー!(ヒデキじゃないけど)
あまりにも好みの駅弁だったので、帰宅してから例によってネットで調べたところ、そもそも前からおいしいと評判の駅弁でしたのねん。
わたしは観ていなかったけれど『マツコの知らない世界』の駅弁特集でも紹介されてたんだ。
納得っす!!
いやー、たまたま買ったお弁当が大当たりでうれしいなあふふふ(例によって単純すぎるわし)。
東京駅でも売っているのだねえ。知らなかったよ。買いに行っちゃうよ。

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そして郡山駅の新幹線改札構内のNewDaysではプラカップも販売されていた。
もしかして、どこでも売っているものなのに今まで自分が気づいていなかっただけかな?
ともかく、そのおかげで缶ビールも車中で堪能。
ビールは好きでも缶から口飲みするビールはどうしてもいただけないので(味覚的に)、プラカップばんざーい!
まあ、缶ビールは缶のまま飲めないとか言うんだったらいつもマイカップを持ち歩けよって話かもしれませんが、ね。

この記事のみを表示する泣きのツボ

DAILY



しばらく前の話ですが、初めて入った和食屋さんでお昼ごはんを食べたときのこと。
カウンター席に座り、注文を終えてスマホを眺めていると、カウンターの向こうから店長さんらしき若い男性に、「何を読んでらっしゃるんですか?」と突然聞かれたのであった。

「えっ、スマホを見てるんですけど」と答えると、「あ、そうなんですか。文庫本なのかと思って。失礼しました。あの、実は僕、すっごい読書にはまってて、人が読んでる本までつい気になっちゃうんですよね」
「へえ。そうなんですか。いつもどういう本を読まれるんですか?」と何気に聞き返したところ、そのひとは目をキラキラさせて好きな本や作家についてあれこれ話し始めた。
短い時間ではあったけれども、しばし読書談義に花が咲く。

そのひとはめちゃ話がうまい&ものすごく読書愛にあふれていて、話を聴いているだけでおもしろい。とにかく「読書」という行為そのものにかける情熱が並々ならぬお方なのだなということがひしひしと伝わってくる。

そのひと曰く「読書ほど最高の娯楽はない!」
たいしたお金もかからず、場所も選ばず、ひとりで楽しめて、本を通してさまざまな世界に入っていけるから。

「子供の頃は全然本には興味がなくて、まったく読んでなかったんですけど、高校のときに母親が「これを読みなさい」って『アルジャーノンに花束を』を買ってきてくれたんですよ。あの本を読んで、こんな世界があったのか!と目覚めたんですよねー。あれ、読みました?」
ずいぶん昔に読みましたよー。
そこでアルジャーノンでどんだけ泣いたかーという話になり、そこから過去最高に泣いた本は何かとか、そんな話にもなった。

わたしはだいたいにおいていわゆる「お涙頂戴もの」に弱く、たいていまんまと泣かされるんですよねー、なんてことを話すと、では『タイタニック』では泣いたか? と突如映画の話に。
泣いた。わしは泣いたよ。
「どこで泣きました?」とそのひと。
あの、一番最後のシーンで……。
「うわーっ、同じ同じ!!同じところで泣きましたーっ」
あの、最後にレオ様とケイトがみんなから祝福されているシーンね。
やっぱりあの映画は、あそこっすよね。あのシーンっすよね。たまんないっすよね。

そんなに誰かと『タイタニック』について語り合ったことはないけれど、あのシーンのことでこんなに共感し合える人が世の中にいるとは!(←大げさ)
レオ様が海に沈んでいくシーンとかには涙腺は刺激されなかったのだが、もうほんとにあの最後のシーンはいまだに思い出してもうるっとくるんだなこれが。

それにしてもそのひとの読書に対する愛と情熱は、思い出す度に心が温かくなるほど。
それだけ大切に大切に、楽しんで本を読んでもらえたら、作家さんもうれしいだろうなと大きなお世話なことまで思ってしまう。
自分はめっきり読書量が減っている今日この頃だけど、あの楽しみ方、まねしたい。

そして『タイタニック』の話になると、ついでによみがえってくるのがバリ島での『タイタニック』爆笑事件
当時はほんとカルチャーショックだったけれど、今はすんごく懐かしい。おもしろかったなあ。
最近そういう気持ちもだんだん消えていたけれど、久しぶりにバリ島が恋しい。

この記事のみを表示するケースバイケース

DAILY



仕事を始めたばかりの20代の頃、とある企業の取材でお会いした方、ほとんどの質問に対する回答が「ケースバイケースですね」だったことをふと思い出す。
どんな質問をしたかは忘れてしまったし、その回答に自分がどう反応したのかも憶えていないけれど、「ケースバイケースって、そりゃなんだってそうでしょうよ」とは思ったような思わなかったような。
いやしかし、なんだってそうなんすよね、ほんと。ケースバイケース。
と、いろいろと精神的に疲れすぎてひとりごと。

ところで今朝方、某有名人夫妻の赤ちゃんを抱っこするという夢をみた(その有名人夫妻は現実には夫妻ではなく、実際はそれぞれちゃんとパートナーがいるのだけど、わしの夢の中ではなぜかそういう設定だったのである。なぜだ)。
赤ちゃんのほうから「抱っこして」とにこにこしながらわたしのところにきたのであった。
かわいくて、うれしくて、わたしもにこにこと抱っこした。ふたりで見つめ合ってさらににこにこし合った。
ところで赤ちゃんはおむつをしていなかったようである。突然尿意を催した様子の赤ちゃんに、「ここでもらされては大変」とあわてておむつを探した。
しかし間に合わず、思いっきりわたしの顔に向かって放尿された(まるで噴水のように)。それがたまらなくツボに入り、赤ちゃんおよびまわりにいた人たちと大笑いしたのであった。

そんな夢なのだけど、起きたときになんだかとてもいい気分だった。
もしや吉夢なのかしらと思い、ネットで夢占いを探してしまったわい。
赤ちゃんを抱っこする夢にはいろいろな解釈があるようだけど、ご機嫌な赤ちゃんというのは吉兆らしい。
そして尿は金銭や財宝を意味するのですと。尿にまみれる(というほどではなかったが)夢は、金銭・財宝・地位を獲得する予兆、健康になる予兆なのですと。

あまりにも胃がキリキリする&落ち込む仕事がようやくひと段落したところでもあるし、この夢占いを良いほうに解釈してダウナーな気分をちーとでも上げたいっ
赤ちゃんを抱っこする夢を見るのは精神的に疲れているサイン、という占いもあったので、むしろそっちなのかもしれないが……しかしそれではそのまんますぎて夢がないじゃないの。

それにしてもほんとかわいかったなあ。しあわせのかたまりのようであったよ。赤ちゃん。

と、めっちゃ長いひとりごとで失礼しました。。。

この記事のみを表示する愛ではあるのだけれど

福島



最近ネットで見つけた記事をリンク。

飯舘村 原子力事故前と事故後(平成25年8月、平成27年8月)の比較写真

事故前の飯舘村の美しさ。
きれいとかのどかとかじゃなくて「美しい」という言葉が最もしっくりくる。
自然そのものの美しさもあるけれど、人々が大切に育んで守ってきたからこその美しさだったのだと思う。
「だった」と過去形で書かざるを得ない今。
帰省の際に通過するだけだけれども、その変わり果てた様子に目が慣れ始めている自分もいる。

飯舘村に関しては↓こういうニュースも読んだ。単純に、すごいなあと思ってなんだか力が湧いてくるような思いになる。
福島)飯舘の神社で焼失したオオカミ絵、東京で復元中

自分の中にあるものは確かに愛郷心なんだろう。ということを↓の記事を読んで思った。
どこに行っても、どこまでいっても当事者ではないのだけれど。
しかしなんでこんなにいやな感情がいつまでもこびりついているんだろう、とたまに自覚してハッとする。
記事中にある「愛郷心や当事者性を掲げることで得られる権威性によって周りが反論できなくなり議論をしづらくなる。そういった「難しい・面倒くさい」構造がうまれないように意識しています。」という開沼さんの言葉、「権威性」って意識したことがなかったけれど、そういうことなんだな……

戦後日本の風景は奇妙な愛郷心によって作られた 福島をめぐる議論の出発点を開沼博・武田徹両氏が語る

この記事のみを表示するおつかれフライデー

DAILY



HAVE A NICE WEEKEND



この記事のみを表示するポスターカラー

DAILY

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また終っちゃうのね 嫌な夏がって
……と、毎年このくらいの時期になると心に浮かぶフレーズ。




この記事のみを表示する再会満喫2days

LIFE

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1日目21:00原宿
もう会えないのかも? と思っていた学生時代の友人Kちゃんと思いがけず再会できた。

先にKちゃんと再会していたYちゃんがわたしに声をかけてくれて、急遽3人で原宿のメキシコ料理店で飲むことに。
Yちゃんと会うのも1年以上ぶりだったのだが、Kちゃんに会うのはなんやかんやで10年近くぶりだったのではなかろうか。

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しかしそれだけ久しぶりであっても、実際に会うとそれほど久しぶりという感じがしないのが旧知の仲の不思議なところ。
会話にしても、前置きなしでいきなり本題に入れるというか。
まるで、つい昨日も会っていたかのようなノリで会えるものなのだよね、ほんと。

さらには話の流れで「明日のお昼も一緒にご飯を食べようよ!」ということに。おもしろい。

で、翌日↓

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2日目11:45東中野
昼からビバ乾杯!(自分の片手にジョッキを持って乾杯ショットを撮ることができないアタクシ)

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Kちゃんはお盆休みで東京に遊びにきていて、これから地元に帰るという状況。
「その前にこのお店のカムジャタンを食べることができてうれしい!」とKちゃん。
東京で暮らしていた頃の忘れられない味のひとつで、この機会にぜひ食べたかったのだという。

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Kちゃん大絶賛のカムジャタン、期待を裏切らないおいしさ。

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Kちゃんの大好物だという、〆のカムジャタンおじやも最高であった。
ビールも進んだ。

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14:30東中野
ほんとはお昼を食べたら解散という予定だったのだが、名残惜しくてお茶。
Yちゃんにごちになった。
その後、Kちゃんとは東中野駅のホームでお別れ。
去り行く電車を見送りながら、「またこの先何年も会えないのかもしれないね」とYちゃん。
そうだね。そうかもしれないけど、また会えるよね、きっと。
それまで本当に元気でいてほしい。

生きていたら、会えるんだなあ、と思わずにいられなかった。

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16:00高円寺
高円寺に用事があったYちゃんにつき合ったつもりが、わたしの高円寺裏道散歩にYちゃんをつき合わせることになってしまい、蒸し暑い中をさんざん歩き、ふたりしてまたもやビールを欲す。

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お腹はいっぱいなのだけど、ビールを飲めば入るのさ。

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揚げた芋は欠かせないのさ。

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ブレブレ画像だけど、それにしてもよく飲んだ。
ありがとうね。

この記事のみを表示する夫沢のこと

福島

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↑この画像は昨年のお盆に夫沢にお墓参りに行ったときのもの。
墓地の向こう側に見える鉄塔やクレーンがある場所は、いわずと知れた東京電力福島第一原子力発電所。

あの場所が太平洋戦争中、特攻隊が訓練する飛行場だったとは。
1945年8月9日、10日に空襲を受けていたとは。

この墓地に眠る祖父が亡くなったのは2008年の暮れだった。
その気になれば機会はいくらでもあったはずなのに、一度も戦争の話を聴いたことがない。

祖父が生前、何度もくり返し「原発で事故が起きたらもう二度とここには住めなくなるぞ」と言っていたことだけは、今も身内の間でくり返し話題にのぼっているのだが。

以下、大熊町(夫沢)磐城飛行場に関するリンク。

「空襲も原発も…どうしてここばっかり」 国策と大熊町(朝日新聞)
※空襲の動画の一部は8月20日までこちらで公開とのこと。

特攻訓練場だった福島第1原発 「国策」の果ての事故現場 「忘れられた過去」の痕跡(47NEWS)

福島第一原子力発電所の用地取得(Wikipedia)

↓個人の方のブログですが、2009年に夫沢を訪問されたときの記事。今となってはとても貴重な画像ばかり。
この記事にある「東電展望台」にはかつて何度か行ったことがある。
http://1901rjtt-to-roah.blog.so-net.ne.jp/iwaki_airfield

いろいろと、歴史を知れば知るほどなんともいえない気持ちになる部分は多い。
でも個人的には、夫沢には今も胸が温かくなるようないい思い出しかない。
あらゆる矛盾について、もっと深く考えていかなくてはと思う。

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こういちくん、ここではなくて、お母さんと奥さんのところに帰れているかな。
そうでありますように。

この記事のみを表示するスタンス

LIFE

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YouTubeを観ていると、関連動画とともに「あなたへのおすすめ」と書かれた動画が紹介されたりしますが、そこで最近なぜか薦められたのが下記の動画。



マツコの動画を前にも観たことがあったんだっけかな……薦められる理由がよくわからないけどマツコのことは好きだし、どんな話をしているのか興味が湧いたのでクリックしてゆるーい感じで観てみた。
そしたら「これ観ることができてよかった! ユーチューブよおすすめしてくれてありがとう」と思う内容だったのであった。

とくに印象的だったマツコの言葉(前後の話も重要なのでここだけ抜き出すのもちょっと強引ですが)。

理解できないものって恐怖になるじゃないですか、人間て。
で、恐怖になると悪になるじゃないですか。
で、悪は攻撃したいと思っちゃうじゃないですか。
そこまでいった人間は、あたしもどんな手段を使ってでも戦おうとは思うけれども、それ以前の人たちに「ちょっとあたしにそういうことを聞くのは失礼じゃないですか」とか「あなたちょっとほんと人間としてどうかと思いますよ」とは言えないです、あたしは。
やっぱり理解し合えるってよっぽどのことなんで(中略)
理解しなくてもいいから、あんたには危害を加えないよ、だから仲良くしましょう、というスタンスですね。
(中略)人間、「男」「女」なんて単純なものじゃないんだよ、というのだけ理解してくれていれば。


なんか、性のことだけでなく、(主に人間関係における)あらゆることに通じるように思う。
自分が「理解できないもの」、あるいは「理解してもらえないと感じること」に直面したときに思い出したい。覚えておきたい。