猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する6月振り返り

LIFE




まさか2013年ももう半分終わりとはー
早い……早すぎる……

でもこの写真カレンダーを月末に見ると、
月初め頃の写真がすごーく前に撮影したもののように思えるのが不思議。
1ヵ月ってあっという間だけど、でもやっぱり長いのねえというか。
うまくいえないのだがとにかく不思議な感覚。
すでに若干飽きてきた感と無理やり撮りすぎ感が否めないけれど、
1年ぐらい続けてみると後でおもしろいかもなーと思うので7月も撮ろうー。
もちろんおもしろいのは自分だけなのだけれども
撮っているからにはブログにもアップするのでありんす。

そんな6月は実にたくさんの方々にお世話になった月でした。
ありがとうございました。ただただ感謝です。

そして写真は撮っていないのだけれど、今月の個人的大ヒット。
物産展で購入したファーム白石さんの焼ねぎドレッシング。
サラダにかければもうどんだけでも野菜食べられますー!なのはもちろん、
フライ系との相性もバッチグー。たまらんおいしさー。
近所のお肉屋さんの絶品イカフライにレモン絞って焼ねぎドレッシングかけて、
それをつまみに明るいうちからビールを飲む。
写真にはない今月の至福タイム。

そんなわけで明日から2013年後半戦。
7月は「やめたいなぁと思いながらついやってしまっている悪習慣を断つ」
というのがひとまずの目標です。と、唐突に宣言。


この記事のみを表示するかわいい顔

LIFE

1aaDSCF0198.jpg

しとるわ~

こんな写真があったとは知らなんだ。
なんかちょいと疲れたものでなんかむしょうにニャーちゃんの顔を見たくなり
マイピクチャのニャーちゃんフォルダを久しぶりに開いたのでした~


1aaa2008_09120084.jpg

自分の手が変なので写真としてはあれなんだけど、
自分の人生にもこんなに幸せなひとときがあったのだわ~、
ということを確認させてくれた一枚(笑)

さて、今夜はニャーちゃんが一匹、ニャーちゃんが二匹……と
数えながら眠りにつくことにしよう。
ニャーちゃんもどこか安らげる場所でいい夢をみていますように☆


この記事のみを表示するねこってやつぁ

LIFE



ね。

この記事のみを表示する

LIFE

0-1aaIMG_20130622_172243 (1)


今朝の『あまちゃん』を観て大泣きした余韻をまだひきずっており、
自分が上京した頃のことまでついでに思い出してしまった。
地方から上京するということに限らず、育った家や場所から旅立つときには
みんなそれぞれに物語があんだべなあ。

自分が上京してきた日のことは以前この記事に書いたことがある。
その中で書いていた「バイト」とは新聞配達だった。

高校時代、ある職業に就きたいと思い、
最短コースで就職できそうなルート?を検討した結果、
その道の専門学校に行くのがベストではないかと判断した
(今だったらちゃんと勉強して大学に行く道を選びたい)。
そしてある2年制の専門学校を選んだ。
当時はとにかく早く社会に出てみたかったし、親元を離れて経済的にも自立したかった。
そんなわけで学生生活を送る2年間は新聞奨学制度を利用することにしたのであった。
新聞奨学生になると住居と朝晩の食事がもれなくついてくる。
東京暮らしのスタートは楽だったと思う。

ただ毎朝3時半に起きて新聞配達して学校に行って……というのは
想像以上にきついことではあった。
夕刊配達もあるので、学校が終わった後友達と遊んだりすることもあまりできないといった
小さな欲求不満も積もり続けた。甘えた考えだとは今となれば思うが当時はね。
ライブは休みの日に行っていたし、気の合う仲間たちもいて楽しいこともたくさんあったけれど、
その年の冬になる頃にはもう新聞配達も学校もやめて故郷に帰るべか…と考えるようになり、
やがてほぼそう決意して、ある日実家の母に電話で「全部やめて帰る」と告げた。

そのとき母は言ったのだった。
「新聞配達はやめてもいいから、学校はちゃんと卒業しろ」と。
「自分で決めたことをひとつ中途半端に終わらせてしまうと、
その後もなんでも中途半端にして平気な人間になってしまうから」と。

結局わたしは1年で新聞奨学生をやめ、その次の年は両親に学費を出してもらって通い、
なんとか無事に卒業できた。

なんてことを思い出していてふと気がついたのは、
あの頃の母の年齢がちょうど今の自分くらいだったということ
(正確には今の自分の年齢より3歳くらい若かった)。

な、なんか……これでいいのかじぶん……(いいわけがない……)
ひとつ中途半端にすると、その後も中途半端にしてしまうことが増えてくるという真理を
身をもって感じている今の自分よ……


与えてもらいっぱなしの人生だなあと改めて思う。
親は偉大だ。




この記事のみを表示する夏の扉

LIFE

0-1blog_import_4c3b96776c81f.jpg


暑くなってきました。いよいよ夏ですな。
でもまだ部屋中の窓を開けていればいい風が入ってくるので冷房は入れてません。
6月中は入れずに済むかなあ。済ませたいなあ。

風通しのいい住まいなので、窓を開けて過ごせる季節はそれだけで至福です。
とても気持ちがよくて、ああここに越してきてよかったなあとしみじみ思うのですが。

が。

毎朝のお楽しみ、『あまちゃん』を観るときも窓を開けているのですが
このわずか15分のドラマタイムの間に、
すぐ近くでバイクのエンジンを5分くらいふかし続ける輩がいるのですーっ
うちにはテレビがないのでスマホのワンセグで観ているのですが、
そのバイクのエンジン音に肝心のセリフがかき消されてしまうこともしばしば。
ワンセグの音が小さいんじゃない。エンジンの音がでかいのじゃ。
だいたいなんで5分もふかさなきゃならないのか意味がわからんのだが
古いバイクのせいなのかとにかくやかましい。
まあ、こっちが窓を閉めればいいんでしょうけどねえ。
とりあえず朝は字幕付きで観ることにしますた……
昼も観られるときは観ています、のハマりっぷりっす。

窓を開けているのはほんとうに気持ちがいいのだけれども
うちのお隣さんがかなりのヘビィスモーカーらしく、
ヤニのニオイ(煙ではない)が風にのって我が部屋まで入り込んでくるのも困りもの。
もちろん文句は言いませんが、結構きついんだよねー
と、この場で愚痴ってスンマセン

窓を開けて過ごしていると、ふと思い出すのはニャーちゃんがいた頃のこと。
日中、開けっぱなしの窓からふっと入ってきて、
わたしの足元に寄ってきてごろごろしていたりとか。
なんだかものすごーく幸せな時間だったなあ、と回顧。

トップの写真は以前にもアップしたことのあるサヌールの今はなきお宿の窓辺ですが、
この窓からもオーナー家の猫ちゃんが入ってきたことがあったっけ。
猫嫌いの方にはとんでもない話かもしれませんが
猫好きとしてはたまらにゃかったよー、とまた回顧。

そして懐古というかあまちゃんの影響というかなんちゅーかほんちゅーか
聖子ちゃんにしびれっぱなしの今日この頃です。歌うまいなーっ!





この記事のみを表示するしぶやど

福島



先日泊まったとある温泉宿。
夜中に着いて翌朝早く出発予定、
ただお風呂に入って寝るだけ~なので
宿泊料金の手頃さ優先で選んだのですが。

1aaaaaDSCF8556.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8557.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8560.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8562.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8578.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8577.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8579.jpg

しぶい

1aaaaaDSCF8569.jpg

と、なにもかもが激しぶかったのでありました。
昭和テイスト好きとしてはビジュアル的には楽しめたのですが
泊まるうえではちょっとリラックスはできない感じでしたなあ、うむ。



この記事のみを表示するはじめての田植え

福島

KIMG0987 (1)

4月に蒔いたイネの種。

1AAAADSCF8587.jpg

6月8日、立派な苗に育っておりました。

1AAAADSCF8588.jpg

とてもとても感慨深い。

1AAAADSCF8592.jpg

集まった20数名で田んぼに植えます!

1AAAADSCF8594.jpg

手植えの場合、↑の大きな木の道具を使ってあらかじめ田んぼに線を引いておくのだそうです
(熟練した腕の持ち主でないとかなり難しい作業らしい。
この日は地元の達人Wさんが引いておいてくれていました)。

田んぼに30cm間隔くらいの升目を作り、
その升目の縦横が交差する部分に苗を植えていく……って
我ながら説明がへたくそですな。
線引き(がじ引き)の様子はこちらの動画がわかりやすい!

タイに留学したことのある農学生がおっしゃっていたのですが、
タイでは基本的にこうした線引きなどは行われていないそうな。バリもそうかな?
というわけでタイの田んぼではイネの間隔にバラつきがあったりするそうだけど、
タイでもバリでもそんなところに注意して田んぼを見たことなかったなあ。
雑然とした植え方でももちろんお米は問題なくできるのだけれども、
整然と植えられていたほうが除草したり肥料を与えたりする際に作業しやすく、
田んぼの管理もしやすく、イネが均等に育つので結果的に収量も多くなるそう。
日本では明治後期以降から線を引いた田んぼに苗を植えるという方法が始まったらしいです
(ちなみに線の引き方には植え縄や定規を使うなどいくつかの方法がある)。

いやー、このときまで知らなかったことばかり。お米大好きなのにー。
もっとも、機械による田植えが主流の今は手植え自体がレアでもあるのかな。

1AAAADSCF8616.jpg

田植え中は写真を撮っている余裕などいっさいありませんでした(あたりまえじゃ)。
つか自分の農作業センスのなさや共同作業の下手さを痛感し、ほとほとがっかり。
しかしそれでもものすごく楽しく、無事に田植え終了!
↑は田植えが終わった水田。
もち米とコシヒカリが植えられています。

今年もイネの作付けを自粛している南相馬市。
この田んぼはある農家の方個人の“実験田”です。
収穫後のお米を流通させることはできません。

作付けが放棄されている市内の大半の田んぼには草が生い茂り、荒れています。
その景色を見ると自分の気持ちもなんだか荒んできて、
ふるさとで起きているいろんなことを嘆き、恨んでみたり憤ってみたり、
泣きたくなったりしてばかりのアタクシです。
普段は故郷を離れて東京で呑気に暮らしているくせして
どんどん落ち込んできてしまうのです、勝手なもんです、ちっちぇです。

でもこうした困難な状況の中でも耕すことをあきらめず、
今年の“実験”を来年、再来年へとつなげていこうとしている方がいる。
その農家の方は現在76歳。でもあと10年は農業をやるよ、と笑っておっしゃる。

その方に出会えたこと、こうして田植えに参加させていただけたことがほんとうにうれしい。
微力であっても自分の体を動かせること。
そうすることでものの見え方や気持ちのあり方が少し変わること。
ものすごくありがたいことだと感じています。


この記事のみを表示する大好き

福島

1aaaDSCF8670.jpg

NHK連続テレビ小説『あまちゃん』を観ていていつもぼんやり思うのは、
高校の頃の自分はユイほど田舎がいやだったわけではないけれど、
アキほど田舎が好きだったわけでもなかったなあということ。

そして、ああでも母の実家のある大熊町夫沢のことは大好きだったなあ、
というところに思いが行き着く。

母の実家……つまり祖父母の家から歩いてすぐのところにシロツメクサ畑があって、
子どもの頃は春になると必ずそこに行って花を摘み、首飾りを編んだ。
それが何より楽しみで、花の咲く季節がいつも待ち遠しかった。
初めて母がその場所で花の首飾りを編んでくれたときのうれしさが幼い心に刻まれていて、
幸福の象徴のように感じていたのかもしれない、子どもながらに。

今もシロツメクサは大好きな花。

1aaaDSCF8669.jpg

大熊町夫沢、とは福島第一原発の住所でもある。

こんな形で大好きな場所が失われることになるなんて、
アキやユイの年の頃にはまったく想像もしていなかったよ……とまたぐずぐず考える。

しかし『あまちゃん』はすごいなー。
さんざん笑わせてくれて、時々ほろりとするよなときも決してウエットになりすぎない。
でも大切なことは、直接的な言葉で押しつけられたりしなくてもちゃんと伝わってくるわけで…
ってゆーか地方出身者としてはやっぱりいろいろ感じるところがあるのだわよぅ

1aaaDSCF8667.jpg

この写真の場所は南相馬市原町の北泉。
津波によって多くのものが奪い去られたこの場所に種を蒔いてくださった方々がいるのだろう。
大好きな花が、たくさん咲いていた。


この記事のみを表示する目の前に

福島

1aDSCF8684.jpg

6月8日の夕方、南相馬市小高区を車で回った。
帰路につくため車のナビで最短ルートを探して走る。
しかし道は途中で遮られる。

1aDSCF8687.jpg

映像や写真でしか見たことのなかったバリケード。
実際目の前にすると、想像以上になんともいえない気持ちになる。

そのバリケードのすぐ隣に希望の牧場/があった。

1aDSCF8682.jpg

偶然たどり着いたので、ここに来るまでこの牧場の存在を知らなかった。

1aDSCF8680.jpg

このときここには人間は自分たち3人しかいなくて、
牛たちが草を食む音だけが牧場に広がっていた。

1aDSCF8679.jpg

こんな数の牛をいっぺんに見たことはこのときまでなかった。
300頭はいるのではないか、という話だった。
これだけの牛がいるにもかかわらず、人がいないことの静けさ。

1aDSCF8689.jpg

ここにいる牛たちももしかしたら殺されていたのかもしれない。
しかし今、被曝した体で生きている。

身を引き裂かれるような思いで牛を手放さなくてはならなかった人たちがいる。
“処分”される運命だった牛たちを保護し、ここで世話をしている人たちがいる。

1aDSCF8624.jpg

また別のバリケードで遮られた道からは海が見えた。
車を降りてガードレールをまたいで海を見に行った。

1aDSCF8635.jpg

海を好きだと思う自分の気持ちは変わらない。

1aDSCF8632.jpg

でも心の底から恐ろしい。

1aDSCF8643.jpg

写真や映像を見るだけでいつもひどく胸が締めつけられる。
そしてそれだけで「見た」つもりになってしまうのだなと思う。

写真や映像は当然のことながらごく一部分を切り取っているにすぎない。
極端なことをいえば、意図的に悲惨さを演出することもできるだろう。

でも実際はそうじゃない。一部ではない。
失われたままの現実がこの地区の中ではどこまでも続いている。

1aDSCF8644.jpg

1aDSCF8648.jpg

1aaDSCF8641.jpg

1aaDSCF8650.jpg

1aDSCF8618.jpg

1aDSCF8621.jpg

1aDSCF8620.jpg

1aDSCF8639.jpg



この記事のみを表示するゆめ

LIFE



女子:「夢はある?」

男子:「ない」

男子:「ない」

女子:「ある。お弁当屋さんになるの」

男子:「あるあるあるある」

きょう電車の中で耳にした、幼稚園生グループの会話。


↓おとなのご意見

夢を持てなんて、うるさいこと言わないでほしいわね。
わたし思うわ。みんなそれぞれ誰だって、夢を持ってるって。
かわいい服を買うとか、素敵な恋するとか。
まるで大きい夢だけが夢だなんて、バカなこと言わないでほしいわね。


https://twitter.com/with_live_libbyより


しかしそれにしても最近は望まない展開の夢を見ることが多く、
目覚めたときに大変な心労が……、ってのは大げさだけどマジ疲れます。
人生いろいろ、夢もいろいろ。なんのこっちゃ。