猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する3月の古瀬戸とそらとねことことば

TOKYO

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(前略)出ていくときに、「いろいろ、どうもありがとう」と彼女は言った。
僕は黙ってうなずいて、それから「こちらこそ」と言った。
そのあとになんと言えばいいのか、そのときの僕には思いつけなかった。
言葉が浮かんでこなかった。
もっときちんとしたことを、何かもっとまっとうに心のこもったことを、
僕は口にするべきだったのだろう。
でも、いつものことではあるのだけれど、
僕の頭には正しい言葉がどうしても現れてこなかった。
それはもちろん残念なことだった。
というのはこの世界にあっては、多くの別れはそのまま永遠の別れであるからだ。
そのときに口にされなかった言葉は、永遠に行き場を失うことになるからだ。

村上春樹『雑文集』(新潮社)の中の『ビリー・ホリデイの話』より引用



この記事のみを表示するRock'n Roll Closet vol.11@江古田BUDDY,20120325

HARRY

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クローゼットの中からお気に入りのアイテムを取り出すように毎回ゲストを迎え、
ライブハウス(=Closet)という空間の中で新しい音楽の可能性を探っていこう、
とのコンセプトでスタートした『Rock'n Roll Closet』。
昨年10月のvol.10から約5ヶ月の充電を経て、また一段とパワーアップしてR.R.Cが帰って来ました!
そして2012年最初のゲストは、なんと!ついに待ちに待った“HARRY”の登場です!!
説明不要!問答無用!伝説であり今も進化し続ける最高のRock'n Rollを思う存分楽しんで下さい!!


以上、チラシより引用。

ライブが始まる前にこのイベントの主催者の男性がステージで挨拶し、
「帰るときには来たときよりももっと皆さんが笑顔になっているように」
というようなことをおっしゃった。

ライブに行って……とくにHARRYのライブに行って……
帰るときには来たときよりも笑顔になっているなんてこと、
今まで意識したことなかったなぁ、と思った。
結果的にそうなっていたとしても、笑顔になることがライブの目的ではないっていうかさ。
以前ならそんな挨拶をされた段階で心の狭いわたしはドン退きしていたかもしれない。
でも「開場と開演が15分押しになってしまって申し訳ございません」と
最初に深々と頭を下げた主催者の誠実さ、律儀さ、
このイベントにかけるおもいみたいなものが妙に心に響いてきて、
ライブが始まってからも笑顔ということを少し意識してみたりした。

で、結果的には相当、心からの笑顔になった。
遠目に観ていたからHARRYの表情はよくわからない。
HARRYが笑顔を見せている感じはあまりしない、相変わらず。
だがしかし、こっちは笑顔になるのだ。
MCだってほとんどないのに、曲が終わって「まあこんなもんだろう」とか
「サンキュー」とかHARRYが言うだけで心の底からほころんでしまう。
文章では絶対に表現できない、口から発せられる言葉の抑揚とか間合いとか、
そういうのがほんとうに絶妙だと思う。

セットもとてもよかった。
おおっその曲を!あらっこの曲も!的な喜びが個人的に非常に多かった。
とくにMAKE UP YOUR MINDとBack To Backかな、不意をつかれた感じだったのは。

去年の3月11日から実はあまり聴く気になれなかったMidnight Sunも、
すっと心に入ってきた。

ライブとは関係ない話になるけれど、3.11以降、主に故郷のことについて
心情的に満身創痍的感覚に陥ることが度々あった。
それは状況とか現実問題そのものに対してというよりも、
故郷に向けられる「言葉」に対してぼろぼろに傷ついていたのだと自覚した。
逆に自分も同じくらい誰かを傷つけている可能性は大なのに
自分の傷だけ主張するのは誠に幼稚で浅はかで恥ずかしいことだけれども、
言葉はほんとうに難しくて怖いとつくづく思う。
あからさまに悪意のある言葉なら憤りつつも聞き流せるけれど、
わかりやすいきれいな言葉で語られているのになぜだかすごく遠くに感じる善意だとか、
そこに暮らしているひとたちのことはまるで無視した“正論”だとか、
そういうものにもときに深く失望し、打ちのめされてきた。
そしてその度に自分という人間にも失望した。
要するにわたしはあれからずっと「言葉」に振り回されてきたんだなと
ライブを観ながら思った。

ほんとに自分のことしか考えずに書いているので
これを読んで不愉快な気持ちになられた方がいたら申し訳ないです。

ただ、HARRYを観ていたらとても思ったのだ。
悪口もきれいごとももっともらしいこともいっさい言わず、
自分のやることを真摯にやる。
「誰かのために」とかわざわざ口にしなくても、
その姿、生き様だけで十分誰かのためになる。
そういうものなんだな、と。

「ありがとうHARRY」と何度も叫んでいる男性客がいたけれど、
わたしもこの夜HARRYに言いたいことはそれだけだった。
ありがとうありがとうありがとう。
ありがとうHARRY。

HARRYが歌う「言葉」で、自分の中で長く欠落している何かが
少しずつ埋められていくように感じた。
それはとても心地よい体験で、自然と笑顔になる。


「道さえあれば十分だろう」

その道を、信じようと思う。



この記事のみを表示するお蒲田ごはん

FOODS

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蒲田の某いわし料理店の裏メニュー、いわし丼。

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蒲田の某お蕎麦屋さんAのしらす丼。

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蒲田の某沖縄料理店のアンダンスーおにぎり。

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蒲田の某お蕎麦屋さんBの豚角煮丼。

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蒲田の某喫茶店のハンバーグ
(接写しすぎて何だかわからない状態。目玉焼きがかかってます)。


カマター生活も1年1ヵ月以上が経過。
蒲田に通うようになってからいろんな出来事があって、
カマター以前、カマター以後、と自分の人生をくっきり分けられそうなほど
いろんな意味での変化があった。
そして、よき出会いに恵まれている。


蒲田は次クールのNHK朝ドラの舞台なので
町自体も盛り上がってきそうですな☆




この記事のみを表示する新井薬師

TOKYO

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先月のもんのすごく寒い土曜日、久しぶりに新井薬師へ。

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お地蔵さんも寒そうじゃった。

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立派な蓮じゃ。

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もっと接写がしたかったが熱くて無理じゃった(そりゃそうじゃ)


この日は縁が輪市でした。

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岩手や福島などからのおいしい出店がありまして

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熱々の鍋にひじょーにそそられたわけでありまして

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おいしくてあったまった~、釜石の三陸海鮮鍋!
この一杯でものすごくおなかがいっぱいになりました。

写真はないけれどお土産に買ったいわきの「さんまのポーポー焼き」も激うまでした。
レシピ発見!)

縁が輪市を後にしまして新井薬師から中野方面へ。

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いつも素敵な新井薬師のお魚屋さん。

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一瞬ほんものかと思ったワンちゃん。

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久しぶりに中野駅前に行ったらロータリーだったところを大々的に工事中。
再開発するとは聞いていたけど実際この様子を見るとなんだかちょっとびっくり。
どんなふうになるのかな~


この記事のみを表示する物豆奇

TOKYO

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寒すぎた2月の終わりの日曜日、友人と10年以上ぶりに訪れた街をふるえながら散策。
あるアンティーク家具屋さんに入ると(この写真のお店ではありません)
昭和時代の置時計がいくつか飾られていた。

「わあ懐かしい~」とわたし。
「懐かしいったって、子どもの頃こういう時計が
家にあったとかいうわけじゃないでしょ」と友。

「同じのはないけど、似たようなデザインのは家にあったよ」
「ええ~?」

「だって昔はこんな時計ばっかりだったじゃない」
「知らない。うち、時計がなかったもん」

「えっ?」
「だから何時までに何かしろとか親に一度も言われたことがない。
時計の読み方も小学校に入るまで知らなかったし」

「えー、でも幼稚園で時計の読み方は教わるじゃん」
「幼稚園行かなかったから知らない」

「あ、そうなんだ」
「行ったことはあるよ、幼稚園。何度かは行ったよ。
でも行くのをやめた」

「そっか」と応えながら、
また自分の常識が世界の常識みたいなことを言っちゃったなー
という気まずさをちょっと感じつつも。

いい話だなーと思った。


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凍えながら街をうろうろ歩き、
昔からある喫茶店に入ってやっと温まる。

わたしはたぶん15年ぶりくらい。
彼女は初めてのこの喫茶店。

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昼食代わりのケーキ。

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時計がいっぱいあるお店なのに
時間を忘れて過ごせるなり。