猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示するそうていがい

ニャーちゃん



このシンプルなデザインに一目惚れして装丁買い。
クラフト・エヴィング商會の装丁、どれも素敵。好きだなー。
(参照:『クラフト・エヴィング商會同盟』



『犬』もあるよ♪


この記事のみを表示する白いご飯と漬物と

FOODS


就職してまだ間もなかった頃、週末がくる度によく友人たちと遊んだ。
自分の家、あるいは友人の家に、5~6人くらいで集まり、
土日にかけて泊まりがけで過ごすのであった。
食事はたいがいコンビニ等で調達してきたもので簡単にすませ、
夜中までテレビやビデオを見たりしながらたわいのない話をし、
眠くなったら適当に雑魚寝する。
ほぼ毎週のようにそういう過ごし方をしていた。

やはりそんな土曜の夜、狭い我が家に5人ほど集まったときのことである。
いつものように夜遅くまでだらだらと過ごし、
雑魚寝からみんなが目覚めた日曜の昼頃。
誰からともなく「おなかがすいた」と言い出した。
空腹感というものは、そのことを口にした瞬間から確実に増幅する。
耐えがたいほど猛烈におなかがすいてきた。
みんな同じ状態である。
しかしその時、そこにいる全員がギリギリのお金しか持っていなかった。
コンビニでおにぎり1個を買うことさえできないほどギリギリだった。
詳しい状況は忘れたけれど、おそらく給料日前だったのだろう、全員。

食料を買いに行くことはできないから、じゃあうちにあるもので何か作ろうか……と
冷蔵庫の中を見ると、実家から送ってきてくれたきゅうりの漬物しかなかった。
なんてこったい。
あ、でも、お米もあるよ!!
ご飯と漬物があればとりあえず食事はできっぺ!!
ということで、2合か3合分、お米を炊いた。

炊きたての白いご飯と、きゅうりの漬物
(ちなみにその漬物は相馬漬け。うまいんだなぁこれが)。
質素すぎるほど質素な食事ではあったが、
空腹すぎるほど空腹だったおなかを、
十分すぎるほど十分に満たしてくれた。
「おいしいね~」とみんなで白いご飯のありがたさをかみしめた。

食べ終えると、ひとりの友がしみじみと言った。
「貧乏って、いやだね」
ほんとにそうだね~、と皆しみじみとうなずいた。
この経験によって、当時社会人になりたてだった我々は、
これから真面目に働いていこうというモチベーションを
高めたのである!?(←ほんまかいな)

今振り返ってみれば、ひとまず白いご飯と漬物で満腹になれたのだし、
我が身の貧乏を嘆くほどのことではなかったような気もするのだけれども。

むしろ、親しい友たちとああして文字通り“同じ釜の飯”を食べられたことは
私にとって豊かな思い出になっていたりもするのだけれども。

欲をいえばさらにもう一品。
たとえば納豆があったりしたらうれしいよねー、
って気持ちも大切にしたいところである。
うむ。

この記事のみを表示するバリと本

BALI



↑大きなバニヤンの木の下で。
古いプリント倉庫より


好きな作家の小説を読んでいるときに、
さりげなくバリの話が出てきたりするととてもうれしくなる。
(バリを舞台にしているとか、最初からそういう小説でもないのに
「さりげなく」バリが出てくるということは少ないけれど)


そんな、さりげないバリの話が、
伊坂幸太郎の『SOSの猿』の中にあった。

「バロンとランダはね、人の内側を表現してるらしいの。
善なる心がバロン、悪い心がランダ。
一人の人間には善い部分と悪い部分があって、それはいつも綱引きをして、
闘っているってことなのよね」
「決着はつかない」
「そう。たぶん、バランスよ。それを表現したのが、バロンダンスなの。
眞人がその話をすごく気に入ってて」
『SOSの猿』/伊坂幸太郎(中公論新社)P119より


バロンダンスはたしか、初バリ時の1日観光ツアーで観たきりかもしれない。
また観たいなぁ、とこれを読んで思った。

初バリといえば、当時は今のようにネット等でバリ好きの方々のお話を
読んだり聞いたりすることができなかった時代。
でも募り高まるバリへの恋しさを誰かと分かち合いたいし、
日本にいてももっともっとバリを感じたいという思いは当然あった。
そこで手にとったのが山田詠美の『熱帯安楽椅子』。
もうずいぶん長い間読み返していないけれど、
バリの空気や温度、匂いなどをこれほどまでに文章のみで
リアルに肌で感じられるとは、
と20年前のグヌンはシビレたものじゃったよ(笑)

’90年の初バリの旅日記に書き写した、その小説の一部分を下記に引用。

私が作家であることなど、この島ではお笑い草だ。
彼らに必要なのは作り話やひとり言などより、暮らして行くことなのだから。
夕暮れ、浜辺に座り込んで魚を取る老婆。
彼女に本を読むことなど、いったい必要だろうか。
波は、時には高くなる。鮫は時折人を噛む。
人々は恐れるということを知っている。
作り話を読むよりは、神に祈ることの方を取るだろう。
死にかけた犬は死なせてやるだろう。
腐りかけた乞食は土に返してやるだろう。
私は逆らい過ぎていたような気がする。

(*本では改行はされていません)

ここに描かれているまんまの印象を、
初めてのバリに対して持ったわけではない。
でも作り話を必要としない、
そして作り話などよりももっと大きく揺るがない世界観とともにある
バリの人々の暮らしの一部を短い滞在の中でも感じたし、
そのように生きていけることにも正直憧れた。

でも私にとって作り話を読むことは、本当に必要なこと。
大げさにいえば魂が欲していることなのだ、多分。
自分の中のバロンとランダの闘いのためにも、きっと。

この記事のみを表示する4月の神楽坂ごはんメモ@コメドール・エル・カミーノ

FOODS



神楽坂のスペインレストラン『コメドール・エル・カミーノ』。
同じビルに姉妹店のスペインバル『エル・カミーノ』があり、
そちらで美味しいタパスをいただいたことは何度かあるのですが、
プリフィクスコースのみのこちらのレストランを訪れるのは初めて。
食べログでの高評価ぶりに当然期待も高まっていたのですが、
実際、期待以上の美味しさだったのでありました。
私の写真は残念なことに超いまいちなのですが、
more以降にいただいたものをアップします。

この記事のみを表示するお友達とのお話メモ

LIFE



↑友人からもらった奈良のおみやげ?
バンビキユーピーかわゆすぎ~??


友人と一軒の店に5時間も居座って語り合った今宵。
いろいろ話したことによって、自分が今何をすべきなのか、
頭と心の整理ができてちょいと元気が出てきたぞ。
ありがと友よ!

今宵の話題のひとつ、『暮しの手帖』45の「暮しのヒント集」の中の言葉からいくつか。
友に正確に伝えられなかったので。

●旅行の際に備えるもので、もっとも大切なのは、何を持っていくかではなく、
礼儀正しさとやさしい思いやり、そして健康です。

●環境問題を解決するために、まずしなければならないことは、
身の回りという環境の整理整頓です。
かばんの中、机のまわり、部屋を見てみましょう。

●自分が話すのではなく、人の話をよく聞きましょう。
決して反論することなく聞くことで、人はあなたに少しずつ心を開くことでしょう。

●お金を使うときに考えるべきことは、それによって誰が喜ぶかではなく、
その使い方にお金自体が喜ぶかどうかです。


でもって話題のほとんどを占めていたのは、日本語(とくに敬語)の難しさについて。
むかーし、つきあっていた人に「ねえ、おでかけしようよ~」と言ったら、
「はあ? おでかけだぁ!? その言葉遣いは間違ってる!
自分がすることに「お」をつけるんじゃなーい!!」と
叱られたことがあるという経験談から、「お・ご」問題に発展。
我々の間では、近所のコンビニとかに行くときならそりゃ「出かける」だけど、
どこか特別なところに行くときはやっぱり「おでかけ」だよねー、という結論に。
そしてそこから美化語について、など。
このサイト↑、お勉強になるわ~(←この場合の「お」は明らかに変だすな)

この記事のみを表示するおひげ

LIFE



ある時、電車の中で3、4歳くらいの女の子と隣り合わせて座ったことがあった。
私の隣に女の子、さらにその隣に女の子のお母さん。
女の子は好奇心旺盛らしく、私に興味を示してきた。
愛嬌たっぷりににっこり笑いかけてくる。
私も思わずにこにこしてしまう。
しばしふたりで無言のままに微笑み合った。
そのうちに女の子は私の顔を見ながら不思議そうな表情をし始めた。
じーっとまばたきもせず、私の顔を見つめる。
そして何かを確認するかのように、語りかけてきた。

「おひげ、ないのね」

え?

「おひげ、ないのね」

ええ?

「どうして、ないの?」

えええ~~~

「女の人だから、おひげはないのよ」
と、このやりとりを女の子の隣で見ていたお母さんがすぐさま助け船を出してくれた。

「どうもすみません」
と申し訳なさそうに謝ってくださるお母さん。

「いえいえ~かまいませんよ~」と応える私は
ちょっとばかりほっとしていた。
しかし同時にちょっとばかりドギマギもしていた。
だってさ。だってさ。

「おひげ、あるのね」

って言われたんじゃなくてよかったぁ~~!!
(「はなげ、あるのね」とも言われたんじゃなくてまじでよかった・爆)



だけどさ。だけどさ。女の人でもうっすらおひげが生えることってあるじぇ!
そーいやしばらく顔剃りしてなかったじぇ!とアセって
電車を降りてからソッコー鏡チェックしちゃったじぇ!(←なんつか、おわっとるな女として)


しかしあの女の子にとって、私は女に見えなかったってことなのじゃろうか?
私の顔にひげがないことが不自然と?
………やっぱ、おわっとる……。



↑彼女は可愛い生涯現役おひげ女子。
ねこひげセンサーなら、あっしも欲しいんだけどにゃあ

この記事のみを表示する浮輪あります。

BALI―お買い物



「おひとついかがっすかぁ~?」

'98~'99年頃のサヌールビーチにて。

↓また別の自転車の後ろ姿。



海で遊ぶ子供たちのための移動雑貨屋さん、
という感じでおもちゃとかもいろいろ。
ひとつひとつ、よーく見せてもらえばよかったなぁ、と今さらながらに思います。

それにしても、


このボリュームでバイパスを走ったりしてたんだからあっぱれです。

この記事のみを表示する逆光

BALI―バリの空



写真としては完全に失敗なのですが、
バリ島のこの光の強さがひじょーに恋しくなり大胆にアップ
(それにしてもひどい写真でプルミシya~……)。



光の中に吸い込まれていきそうだったペンジョール。

過去にアップしたバリ島の“光”↓
波光(@ジンバラン)

陽光(@ウブド)

この記事のみを表示するイカットのあるテーブル

BALI―お買い物



かつてサヌールのとあるインテリアショップで
撮らせてもらったテーブルコーディネート。


温もりを感じる絶妙な色使いに和みます。

この記事のみを表示するふみふみもみもみ

ニャーちゃん



ニャーちゃんがうちで寝泊まりしていた頃、
明け方になるとぐーすか寝ている私の体に飛び乗ってきて、
前足でふみふみもみもみをすることがあった。
この「ふみふみ」とか「もみもみ」と形容される猫の動作、
猫関連の本などではよく、
「子猫は母猫のおっぱいを飲むときに、お乳の出がよくなるよう、
乳房を前足でもむように押しながら飲む。
ふみふみ(もみもみ)はその子猫時代の動作の名残で、
飼い主を母猫のように思い、甘えたい気分になっている時に行なう」
というような説明がされている。

ニャーちゃんのお母さんはどんな猫なのかなぁ。
ニャーちゃんはどんな赤ちゃん時代を過ごしたのかなぁ。
今は私のことをお母さんみたいに思ってくれてるのかなぁ。
ひたむきにふみふみもみもみするニャーちゃんの、
その細っこい足の裏の小さな肉球の感触がいとおしくてたまらなかった。

と同時に、ニャーちゃんにいつもひとつだけ言いたいことがあった。

「ニャーちゃんよ。
今そなたが踏んでいるその場所はおっぱいじゃない。
あっしのおなかじゃよ」


……たしかにその境界線は実に曖昧なところではあるのじゃが……ボソッ。