猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する光とともに

過去の旅



メキシコ・ロスカボス、逆光のラバーズビーチ。



同じくロスカボス。ゆらゆら揺れる夕暮れ。


金曜日だからといって、誰もがお休み前とは限らないですけれども、
ひとまず今週もお疲れ様でした♪
みなさま、よい週末をお過ごしくださいませー!

この記事のみを表示するスイミングプール?at BALI

BALI―ひとやくらし



バリ島・サヌールビーチ

デンパサールのオゴオゴチームの少年たちの間では、
週末になると「スイミングプールに行こうぜ~!」というのが
合言葉のようになっていました。
地元の人が遊ぶプールがこの近くにあったりするのかな? と
疑問に思って少年たちに尋ねたところ、
「うん、あるよ。サヌールに」とのこと。
へ~、そんなのがあるんだ~、私も行ってみたいな~、とお願いしたら、
オゴオゴチーム総出で快く連れて行ってくれました。
が、着いてみるとそこは地元の方々が集まるローカルビーチ。
「プールじゃなくて海じゃん!!」と一瞬当たり前すぎることを思った私でしたが、
この海をスイミングプールに見立ててみれば、
これ以上の贅沢もないもんだ、っていうか。
遠浅の静かな海だから確かにプールっぽくあるっちゃあるし、
なかなかおもしろいことを考える人たちだねーと楽しくなりました。
そして陽がとっぷりと暮れるまで遊びまくって、
彼らのスイミングプールを私も満喫させてもらったのでした。



スイミングプールatトゥランベン

やはりデンパのオゴオゴチームの少年たちと、
ドライブの途中で立ち寄ったトゥランベンの海。
とくに泳ぐ予定はなかったのだけれど、
「マンディー(沐浴というかお風呂)だぁー!」と
みんなTシャツだけ脱いで、おもむろにジーンズのままで
海へとザブザブ入っていきました。
そしてご覧のように、かな~りはしゃぎまくっておった。



スイミングプールatヌサ・レンボンガン

やはり海を前にしたら我慢できなくなったようで、
レンボンガン島からペニダ島への移動の途中だというのに
海に飛び込んだオゴオゴチームの面々。
さんざん「スイミングプール!」とはしゃぎながら遊んだ後には、
必ず「ジーンズが濡れちゃって気持ち悪い」とか言い出すわけで。
アホじゃ~。



そんなアホなヤツらではあったけど、
いろいろと気のきいたヤツらでもあり。
ヌサ・ぺニダに着いてちょっとまったりしていると、
今度はみんなで黙々と何かを探し始めておりました。
何してるんだろうなぁーと思っていたら、
珊瑚のかけらを拾い集めてgunung-pohonの日本語を、
ローマ字でこっそり作ってくれていたんだな。
そして天使の羽のような素敵な形の珊瑚のかけらとともに、
こうして一枚の絵のようにして「はいっ!」と見せてくれたのでする。
このまま持ち帰ることはもちろんできなかったけれど、
今でも大切な宝物♪


この記事のみを表示する木陰でのひととき。そして冷し頭の謎。

BALI―SANUR







バリ島・サヌールビーチ(↑写真はそれぞれ違う年に撮影したもの)。

日向を歩くと太陽がギラギラ照りつけて、
頭のてっぺんから焦げていってしまいそうなほどだけれど、
ちょっと木陰に入ると一気にぐんと涼しくなる。
そよそよと吹く風が、肌をやさしくなでながら
通り抜けていくのがとても心地よくて。
あー、ずっとここでこのままこうしていたいなぁと思う。
日々の生活の中で少々お疲れモードの時、
あの木陰でのひとときを思い出すと、
それだけでピーンと張りつめているものが
ほんのちょっとゆるむのを感じます。
すぐにそこには行かれなくても、直接肌では感じられなくても、
そうした感覚的な思い出がもたらしてくれる
頭と心のリラクゼーション効果って、
結構バカにできないものがあるなと思います。
あってよかった、五感の記憶。

この記事のみを表示する夕暮れの景色

BALI―バリの空



バリ島・チャンディダサ

今日もまた’93年の写真&思い出話で失礼しますー。
2カ月のバリ滞在中には、バンコクで出会ってちょっと仲良くなった人たちとの
偶然の再会というのが何度かありました。
当時2年くらいかけて世界中を旅していた同世代の日本人のご夫婦だとか、
わりと筋金入りのバックパッカーの人々が多かったのだけど、
そうしたある意味鼻のきく?旅行者たちの間で、
この頃人気が高かったのがチャンディダサやパダンバイのあたり。
「とにかく物価が安い!」ビーチエリア、というのがその大きな理由でした。
さらにシュノーケルでも十分楽しめるくらい海の透明度は高い! とか、
魚も珊瑚もいっぱい! とか、でも潮の流れは速いので気をつけて! とか、
すでに行ってきた人たちから話をたくさん聞いて興味津々となった私は、
これは行ってみたいぞ、行ってみなくちゃ~とチャンディダサへ。
そして初めてこの海を見て、波の音を聞きながら一晩過ごした時に、
あー、ずっと自分が来たかった場所はここだったのかもね、
と何となく思ったりしたのでした。
私が無意識に南の島に求めていたイメージそのものの場所だったというか。
うまくいえないけど、ものすごーく自分の心を満たしてくれる何かが、
そこにはありました。



こちらはウルワツ寺院からの帰り道。
写真の状態がよくなくてすみませぬが、
下り坂の途中で左にクタの海、右にブノアの海が一度に見渡せて、
さらにその向こうにはアグン山も見えることもある…という、
この通り道のスポットが、この時からずっと好き。
まー今はGWKでも同じような風景をもっとゆっくり見られるけれども、
ウルワツに行く度に、帰り道でだんだんと見えてくるこの景色。
その通り過ぎる一瞬をとても大切に思うのです。

と、何を書きたいのか自分でもよくわからなくなってきましたが、
うーん、バリに行きたいよ~というキモチなわけだすな、今とても。


この記事のみを表示する真剣に。

BALI



バリ島・タナロット寺院

’93年にタイを2カ月回った後、マレーシアのペナン島に入り、
そこからバリ島へと一気に飛びました。
バリ島に1カ月滞在した後、インドネシアの他の島を1カ月で回ろうと
予定では思っていたのですが、結局バリ島にて沈没。
ウブドのTebesayaで2カ月間、まったりと過ごしました。

せっかくのバリ島での長期滞在、何か習い事でもしたいな~と、
ウブドに滞在を始めてまもない頃、ふと思い立ちました。
泊まっていた宿にたまたま竹ガムランのティンクリックがあり、
その軽やかな音色に惚れた私は「この楽器を習ってみたい!」と、
宿のオーナーにさっそく相談。
するとオーナーは近所に住んでいる、あるガムラン奏者の人を
先生として紹介してくれました。

でも最初はその先生に、私に対する指導を断られてしまいました。
理由は、「自分は英語をまったく話せないので、
インドネシア語を話せる相手じゃないとムリ。
会話ができない人にうまく教える自信はない」とのこと。

えーっ、そんなっ。
これからインドネシア語も勉強しますので、
どうぞなんとかよろしくお願いします!!
さらに宿のオーナーも先生を説得してくれて、
かなりしぶしぶながらも、先生はどうにか引き受けてくれたのでした。

それからはマンツーマンで、毎日午前中に2時間のレッスン。
ただ楽器を演奏している分には、実際それほど会話は必要とはしなかったけれど、
レッスンの間に10分ほどある休憩タイムは、先生がいれてくれたお茶を
いただきながらのトーキングタイム。
この時ばかりはある程度ちゃんとお話をしなくてはなりませぬ。
先生が私にプレゼントしてくれたインドネシア語-英語の辞書を
ふたりでひっくり返し合いながら、なんとか意思の疎通を図っていました。
先生はやさしく、言葉がお互い不自由な状態ながらも
必ずどこかに「笑い」を作ってくれる人。
その休憩タイムはとても和やかで楽しいものでした。

そんなこんなで、なんとかぼちぼち会話はできるようにはなってきたものの、
まったく上達しないのが私の楽器の腕。
今思えば、楽器を演奏する才能なんてそもそもないくせに
よくやろうとしたもんだな~って思うのですが、
いくら教えてもらってもあまりにもうまくできないので、
だんだんとやる気がなくなりかけていきました。

そのやる気のなさは、きっと練習中もかなーり表に滲み出ていたはず。

ある時、楽器を前にぼ~っと、だら~っとしていると、
先生が私の肩をちょんちょんと叩き、あるページを開いた辞書を差し出してきました。
その開かれたページ上で先生が指している単語を見ると、
「sungguh」というインドネシア語が。
英語の意味は「serious」。
そしてその辞書を差し出しながら私をじっと見る先生の顔は、
まさにserious。
「真剣にやりなさい」
いつもはにこやかな先生が、ただ一度だけ厳しい表情で言った瞬間でした。

真剣じゃないのを見抜かれたことが、
とっても恥ずかしかった。
それに先生に対してなんて失礼なことをしてるんだろうって、
申し訳ないわ、自分が情けないわで、一気に自己嫌悪のドン底に。
そしてようやくやっと、背すじがピシッと伸びたのでした。

それからは少しずつ、でも着実にできるようになっていき、
その度に先生は我がことのように喜んでくれて、
私が日本に帰国する時には100万回くらい「Jangan lupa(忘れちゃダメだよ)」と
言ってくれたのに、もはやすっかり忘れちゃってごめんなさいー状態なのですが
(ホント、ダメじゃんって感じ)。

でもとにかく「真剣に」と先生に諭されたあの時のことだけは、
これからも忘れちゃいけないなと思っています。
人として忘れちゃいけないことだな、と。


写真は、宿のスタッフのコがバイクで連れて行ってくれたタナロット。
午前中は楽器の練習、午後はウブド散策と昼寝。
夜は毎晩のようにダンス観賞という当時のルーティンの中で、
ちょっとしたスペシャル感をもたらしてくれたのが、
こうした夕方のお出かけタイム。
そのコが砂の寺↓(わかりにくい写真ですが)を
砂浜に作り上げていくのを見ながら、
バリという島にどっぷりはまり始めている自分を感じていたのでした。


この記事のみを表示するNo problem,Good experience

過去の旅


タイ・ピピ島

初めて、ちょっと長めの海外ひとり旅を始めたばかりの頃。
バンコクの宿で旅行者同士で雑談をしていたある晩、
これから2カ月かけてタイを回るんだ~なんて話をしていると、
その中のひとりのシンガポール人男性に何気なく聞かれました。
「キミは英語は十分に話せるの?」
「いいえ、a littleって感じ」
私がそう答えながら少しうつむくのを見て、
その人はにっこりしながら言ったのでした。

“No problem,Good experience".

これから行く先々で出会うことが、すべてキミにとっていい経験になるよ、と。

英語に関しては同世代の日本人バックパッカーがもっとも厳しく、
「英会話もろくにできないで、よく長期で旅行する気になんてなれますね」
という意見が圧倒的。
やはり寛容というか、やさしいのは英語圏の旅行者たちで
「文法とか単語とか間違ってもいいから、とにかくトライ、トライだよ」
といつも何かしら励ましてもらっていました。

もちろん私としては後者のアドバイスをありがたく受け入れ、
我ながら見事なまでの超ブロークン・イングリッシュを
旅行中にモノにしたのですが、
その一方では真剣に英語を勉強してきた日本人旅行者たちの英会話にも
刺激を受けて、スゴイなーと心から尊敬を覚えたり。

でも何にせよ、もしかすると私は“No problem,Good experience"という
この言葉がなかったら、旅を続けていくことはできなかったのかもしれないなーと、
旅を終えてからも時々思いました。
そして今も日々生きていく中で、どこかで私を支え続けてくれている言葉。
ネガティブなことほど、実はいい経験だったりもするしなぁ、と
年を重ねるにつれてわかってきた部分もあるし。

写真のピピ島は、旅の最中に出会った人たちが
「あの海は本当に美しいから、絶対に見たほうがいい!」と
大プッシュしてくれたからたどり着けた島。
行ってみて真っ先に思ったのは、
ここを勧めてくれた人たちにもう一度会って、
「教えてくれてありがとう」って言えたらな~ということでした。
二度と会うことのない人たちが、ひとりでは決して得られない
いろんなものを与えてくれたひとり旅。

本当に美しい海でした。






この記事のみを表示するサヌールのブルース・ブラザーズ

BALI―SANUR



Jl.Danau Tamblinganにあるバーの、
表のドアに飾られているブルース・ブラザーズの絵。
実際似てるのかといえばこれまたビミョーな感じも
しなくはないけど(なんか若くない?っていうか)、
そんなことはどうでもよくて、とにかくカッコいいですわ、コレ!



このバーの目印は、ベロマークの看板。
でも私は入ったことはまだないのですが…。
どなたかココで飲んだことのある方はいらっしゃいますかネ?



バーの隣には、ステキな雰囲気のテーラーも。


バリでこのようなジャケットを着ている男性を見かけたことは
私はないのですが(しかもネクタイとかバリではありえない気が)、
何らかの需要があるんだろうなぁ。
あるいは単なるディスプレーなのかもしれないけれど、
いずれにせよ正しいテーラー感のようなものが醸し出されていて、
なんだかいいなと思う。
今度はお店の人ともちょっとお話してみたいなーとか、
いろいろと何となく気になっているお店です。

この記事のみを表示する移動遊園地をめぐる思い出

過去の旅


「街で出会った気になる風景」のひとつ、
思い出バージョンとして、古い写真を持ち出してきてみました。
タイ北部の町・チェンセーンでかつて出会った移動遊園地。
昼間は人っ子ひとりいませんが、
夜になるとここがナイトバザールの会場となって、
町の人たちでとっても賑わっていました。
みんながすっごく楽しそうにしていたのが印象に残っています。



しかしもっとも強烈な印象として残っているのが、この観覧車。
画像が荒れ荒れですみませんが、
今も見るだけでちょっとドキドキ。
下が透け透けっていうか、丸見えでしょー! ってところが。
年とともにだいぶ高所恐怖症は克服してきたのですが、
いまだに観覧車だけは苦手。
だからこれにも乗ってはいないのですが、
どんなに高いところまで上る大きな観覧車よりも
こっちのほうが絶対にスリリングだろうなと思うのでした。
乗っている人たちは楽しそうだったけれど。

そして私も「怖そ~」とか想像を巡らせながらも、
見ている分には結構楽しかったりするんだけど、
この時はたまたま同じ宿に泊まっていた通りすがりの日本人オヤジから
「ねーふたりであれに乗ろうよ」とあまりにもしつこくつきまとわれたせいで、
楽しい気分がぶち壊しになったことも、ついでに思い出すのでした…。
乗りたくない(とくにあんたとは)って100万回くらい言ってるのにさぁ。

うー。なんか別に悪口を書きたいわけのではないのですが、
この頃、タイのさまざまな街で会った日本人オヤジに共通していたことを、
思い出しついでに挙げてみます。

この記事のみを表示するハードウッド!

BALI―お買い物



数年前に泊まった、バリ島クタのHard Rock HOTELのカードキー。



おなじみ、Hard Rock CAFEのロゴマーク。


そして今年3月、これとビミョーに似て非なるロゴの看板を、
バリ島テガラランにて発見。




ジャジャーン!
Hard!
Wood!!



で、確かにHard Woodな感じのお店でした。


この記事のみを表示するKeep on Rock'n Roll

ROLLING STONES


The Rolling Stones
Stadio Giuseppe Meazza, San Siro, Milan, Italy
Tuesday July 11, 2006
(画像はIORRより思いっきり転載)

今週、何よりうれしかったニュースは、ストーンズのヨーロッパツアーがスタートしたこと。
キースが本当に元気で、またギターを弾けることが、
これにてはっきりと確認できたこと。
これまでにもキース自身による無事を伝えるコメントなどはあったけれど、
このツアーが始まるまでは、まだ自分の中に何やらもやっとしたものがあった。
キースがケガをしたという第一報を聞いて以来、
自分自身があまりにも、今となってはテキトーな噂話に翻弄されたせいだと思う。

そしていろいろ経て、今さらのごとく身にしみてつくづくわかったのは、
不安な気持ちに陥っている人間のことをより不安にさせるような、
いい加減な話をしたがるヤツが本当に世の中にはいて、
その渦中にいたら自分は確実にそれに振り回される人間なんだ、ってこと。
そして立場が違えば、私も他人の不安を無責任にあおる側になるのかもしれないし、
不安な人の気持ちに思いやりをもてないで、
しらっと過ごして平気な人間であるのかもしれない、ってこと。
無神経に鈍感に、誰かをうっかり傷つけているかもしれない。
そのことだけは忘れないようにしようと思った。

そして。
この待ちに待ったIORR発表のセットリスト、そしてこの画像を見た時に、
喜びと同時に、ふと、どうしようもなく思ったこと。
「私はどうしてこの場にいなかったんだろう?」
アホな自問自答。

行ってないから、いなかったわけだけど。
行かれない理由もいろいろあったわけだけど。
そんなのはおかしいだろうよ自分、と本気で思った。

いっぱい行きたいところはあるけれど、
ここは行かなきゃいけないところのはずだから。

この、ストーンズのツアーが再開した7月11日に、
キヨシローがファンに宛てた手紙を書いていたことを、
13日の夜に知った。

「何事も人生経験と考え、
この新しいブルースを楽しむような気持で
治療に専念できればと思います。
またいつか会いましょう。
夢を忘れずに!」

とっても自分が情けないけど、
またキヨシローの言葉に力をもらってしまう。
夢を忘れずに。
自分のやりたいこととかやるべきことは、
ヘンな言い訳とか逃げ道をつくらないでやっていこうと改めて思った。
ちゃんと自分で選び抜いて転がって。

ストーンズにはまた会いに行く。どこかへ。

キヨシローにもまた会いに行く。いつか。
とにかく今はゆっくりと、とことん治療に専念してくださいますよう。
待ってます。心から。