猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する豚になりたい

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正確には、バハマの豚になりたい。
リンク先の画像がとてもよいー

手の届く願望としてはスーパーひたち!乗りたい。乗りに行くー
画像を見たら、あの車両にものすごく愛着をもっていたことに改めて気づいた。
「乗り慣れた懐かしい車両」、まさにそれ。

トップの画像は唐突ですが昔のタンジュンサリのビーチ(再掲)。
行きたいのおお。


この記事のみを表示する猫の知性

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我が家を時々訪れる、近所の飼い猫・姫ちゃん(仮名)の話。
姫ちゃんの我が家での行動パターンは、①おやつを食べる→②毛づくろいする→③押入れの中で寝る→④数時間後に起きておうちに帰る(絶対に泊まることはない)。

①の「おやつを食べる」のとき、姫ちゃんはいつも2分の1~3分の1くらいおやつを残す。
初めてのときは、おなかがいっぱいでいらないのかなと思って、姫ちゃんが寝ている間に残ったおやつを片付けた。
その後しばらくして眠りから覚めた姫ちゃんは、真っ先におやつが置いてあった場所に向かった。
そしておやつ皿がなくなっていることに気づき、明らかにフリーズした。
「あれっ、せっかく残しておいたのになくなっちゃってる!」
あのときの姫ちゃんの小さく固まった後ろ姿にふきだしをつけるとしたら、中に入るのはこんな台詞だったはずー。

そこで次からは姫ちゃんが残したおやつをそのままにしておくようにした。
姫ちゃんは後から食べるためにわざと残している。これは間違いない。
④の「数時間後に起きておうちに帰る」は、正確には「数時間後に起きて、残しておいたおやつを平らげてからおうちに帰る」なのである。

猫もそんなふうに食べる量をコントロールしているのだなあ。
どんな考えで残しているのかはわからないけれど、起きたときの楽しみにしていたりするのかなあ。
にゃんともかわいいなあ。

ちなみに、わたしが玄関のドアを開けないと、姫ちゃんは出入りすることができない。
姫ちゃんが帰りたいモードになったときは、どんな深夜であってもわたしも気づいて起きて玄関のドアを開けて見送るのだが、昨年の夏、一度だけ爆睡してしまってまったく気づかなかったときがあった。
気がついたのは、腕に何か触れるものを感じたからだった。
目を開けると、姫ちゃんがわたしの枕元にちんまり座り、爪の先でわたしの腕を押していた。
それが肌に跡がまったくつかない絶妙な圧で、力加減をものすごくコントロールしてくれているのがわかった。
(だってもし本気で爪を立てられたら流血の惨事になるものー)
わたしが目を覚ますまで、どのくらい姫ちゃんが待っていたのかわからないけれど、「どうしたらこの人間は起きてくれるだろう」とめちゃくちゃ考えての行動だったんだろうなと思うと、申し訳ないのと同時にいとおしさが募る。
動物の賢さよ。知恵よ。尊さよ。

トップの画像は、冬の頃にベローチェでドリンク3杯につき1匹もらえたふちねこちゃん。
全5匹中4匹しかゲットできずでしたが、ほんとよくできててかわいいのね。

この記事のみを表示する猫はいろいろ教えてくれる

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まだ暑さが厳しかったある日、ひょんなことから近所の猫が我が家に出入りするようになった。
あるお宅で飼われている猫なのだけれども、なぜか激しくお腹をすかせているときがあって、私が把握しているだけでも本宅以外に最低3軒の別宅があり、ごはんやおやつをもらっている。
要は、我が家もその1軒に加わったわけである。

基本的にはごはんを食べてお腹がいっぱいになったら出ていくのだけれど、何度も来るうちに、ついでに寝ていったりするようになった。
そのうち一緒に寝たりなんかもするようになって、いつかの日曜の夜に彼女(雌猫なのです)とごろごろしながら『真田丸』を観たのは幸せだったなー
が、抱っこされたり、触られたりというのがあまり好きではない猫なので、スキンシップ的幸福感はあまり味わえない。
寝ているときに思わず頭をなでなでしたら、長々と文句をいわれたことも。
適度な距離感を保つよう努めてます。

涼しくなってきてからは押し入れの中にこもるようになって、同じ家の中にいても姿をほとんど見ないという状況になっていた。
でも、彼女が寝るスペースにふかふかの毛布を敷いたり、かけたりすると、ゴロゴロと喉を大きく鳴らしてくれて、それにもまたなんとも幸せな気持ちにしてもらっていた。

しかし最近はしばらく会っていない。
タイミングもあるが、このところの寒さで彼女も外を出歩かなくなっているのだと思う。
わたしとしては猫を飼っているわけでもないのにフードを買ったりする手間も減ったわけだけれど、それがうれしいかといったらもちろんまったくそんなことはない。
彼女が好きなごはんやおやつをだしたり、できるだけ快適な寝床を提供したりって、一見、猫のためにやっているようだけれど、全然違う。

そうすることでなによりうれしく、満たされていたのは自分自身だった。
というか、喜びの本質ってそういうところにあるのかもね実は。
自分のことだけでいっぱいいっぱい過ぎる毎日だけど、眠っている思いみたいなものが自分の中にあることも知る。



この記事のみを表示するRSS

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来年の多摩猫カレンダーが届きました。

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RSSリーダーに登録して拝読している小西さんのブログ、最近とくに印象的だったのがこちらの記事

すべての家のない人と猫がこの冬も無事に過ごせますように。

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話は変わりますが、こちらのブログもRSSリーダーに登録していて、時々更新されるのを楽しみにしていました。
心を揺さぶられたエッセイもたくさんあるけれど(こちらとか)、このお買い物ブログがなんだかとても好きだった。
文章に品があって、読んでいて心地よかった。素敵だなと思っていました。

今まで読んできたもの以外のことは知らないけれど、あの素敵な人がいなくなってしまったんだな、と思う。
文章を読んでいるうちに心が近くなっていくことがあるというか、書き手に勝手に親しみを覚えたり、知った気になったりしているようなことが自分には多いのではなかろうか、ということにも気づいた。
でもそれが文章の力というものでもあるのだよね……と何を書いているのかわからなくなってきましたが。


こんなにも悲しみが、体中を突き刺すように伝わってくる文章はそうないな、と思いながら、今日、こちらの記事を読みました。
http://nomuch.hatenablog.com/entry/2016/11/19/194147






この記事のみを表示するサッポロ生が大好きです

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この扉を入ったときのことは憶えているのだけれども、出たときのことをまったく思い出せない。
久しぶりにほとんどの記憶をなくすほど飲んでしまった。
メニューがサッポロ生ビールオンリーという、カウンターのみの小さなビアホールにて。
5杯目までは飲んだ記憶がおぼろげにあるのだけど、それ以降がもうまったくわからない。

でも、さすがメニューが生ビールのみというだけあって、極上絶品ビールだったことはしっかり記憶。
雑味がまったくない。泡も完璧。するする喉を通る。注いでくれるママの技、素晴らしい。
わたしがサッポロ生が好きだからということで誘ってくださった友人に感謝。
やさしくて人当たりのいい人と飲むと心底ほっとするものだな~と、このところ疲労困憊気味だったわたしとしてはしみじみ癒されるような心持ちであったものの、それなのにこちらからはいろいろと迷惑をかけてしまった。ごめんなさいとここで謝罪。
いやはやほんとうにすみませぬ。

そしてなぜそういう展開になったのかもまったく記憶にございませんが、ビアホールで隣り合わせたひとり飲みの女の子と、この扉を出てからもう一軒、別の店に飲みに行ったのであった。
飲み屋で知り合ったばかりの人と一緒に飲むなんてことも100年ぶりくらいではなかっただろうか。
飲んでる最中のことはほとんど憶えていないのだけれども、メールアドレスの交換っぽいことをしていた形跡がスマホに残っていたので、翌日メールしてみた。
そしたら、「偶然会って、あんなに楽しいお酒が飲めるとは思っていなかったので感謝してます」という旨の返信をいただき、なんだか、じーん。
また飲もうね、という約束がほんとに実現するかどうかはわからないけれども、というか大体においてあまりにも記憶が飛びすぎではあるのだけれども、しかしながらよい出会いであったなと思う。
出会いの可能性みたいなものについて、久しぶりになんとなく前向きな気持ちにもなったりとか。

飲みすぎはマジでいい加減にしとけよ、と自分を戒めつつ、楽しいお酒ってやっぱよいものだな~、なんて思っちゃったりもするのよねん。




この記事のみを表示するレジギガス

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話題のポケモンGO、アプリを一応インストールしてみたものの、そして近所にたくさんポケストップはあるものの、道端とか街の中でゲームをやるのがなんとなく面倒くさいという、どこまでも不精なアタクシです。向いてねえ。
しかし、↑のレジギガスはゲットしてみたいな~。会えたら感激だな~。
「縄で縛った大陸を引っぱって動かしたという伝説残されている」っすからね!

この絵は、当時8歳の姪っ子が描いたもの(ちなみにそのときの記事。懐かしきアニキも!)。
彼女はとにかくポケモンが大好きな子供でありました。
とくにお気に入りのモンスターの名前とか特徴とか熱心に教えてくれたものですが、あっしはすべてあっさり聞き流してしまっておりました。
今ならもっと興味をもって教えてもらうのになあ(って勝手すぎるオバ)。

そんな彼女のポケモンブームも中学に入ったくらいからだんだんとフェイドアウトしていき、でも絵を描くことだけはぷはーっの絵の頃を含めてずっと大好きなままで、しかもどんどんうまくなっていて、今年4月、美術を中心に学ぶために、隣の市の高校に入学。
(市外の高校に入学するという選択は自分の頃はまったく考えなかったけれど、地元の教育事情もいろいろ変化しているのだね。そりゃそうか)

と、ポケモンというと姪っ子を思い出す次第なのでありました。
そしてもう彼女も高校生なんだなーと思うと、自分の高校時代もついこの間のようによみがえってくるという連鎖。
人生においてやっぱりとりわけ濃い時期だったんだな、あの頃は。とか思ったりします。
わたしにとっては、スライダーズに出会った時代。



この記事のみを表示する石橋凌SOULFUL CARNIVAL@赤坂BLITZ

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(画像をお借りしました)

人生初のスタンディングライブは、確か中3の夏休みに仙台で観たARB。
NHK仙台のFM番組の公開録音ライブだった。
ものすごい熱気で、客同士もみくちゃになりながら観た。
前の人の髪の毛から飛び散る汗が時に口の中に入ったりするほど、ぎゅうぎゅうの汗まみれだった。
しかしそんなことはどうでもよかった。
ただただ夢中でステージを見つめた。音を、声を聴いた。
こぶしを振り上げたりする度に、生きている実感みたいなものさえ覚えた。
何もかも初めての感覚だった。

あれから30年以上経っても生々しく思い出せるくらいに、強烈な体験だったのだなー。
などと振り返ったりしながら、石橋凌さん60歳のバースデーライブへ。
久しぶりに3時間以上立ちっぱなしだったけれど、実にあっという間の楽しさだった。

以下、ライブとは全然関係ないことなのだけれどもメモ。

・ストーンズの中で、キースのスタイリストだけ京都在住の日本人なのだそうな。ウエケンさんが、そのスタイリストさんからもらったというキース着用のブルーのシャツを着ていたのであった。
・増子さんがクドカンの舞台に出るそうな。なにそれなにそれ絶対みたいー!!
・池畑さん、本日のライブの全40曲すべて演奏。リハも含めると80曲。そして明日からはフジロックで3連チャン。昨日までは苗場でフジロックのリハを行っていたとか。井上富雄さんも共に。なんだか仕事でくたびれ果てた状態になっていたのだけれども、ぬるい!ぬるいよ、わしゃ~と反省。池畑さん超かっこいいー
・以上について知ることができたのは司会の原島さんのおかげである。原島さんのトーク、冴えてたなあ。
・鮎川さんのトークは今日もとてもキュートでユーモラスであった。
・菊さんが69歳という事実にびっくり。『犯罪レベル』という曲が傑作すぎた。俺のあだ名は犯罪レベル~、俺の体は犯罪レベル~(耳の記憶なので間違えて書いていたらすみませぬ)。
・上中さんの歌のうまさにもびっくり。THEイナズマ戦隊、聴いてみよう。
・というか、今日観た方々、みんな歌がうまい。プロに向かって何言ってるのって話ですが、声の個性とか魅力ってすごいなとしみじみ。

欲をいえばARBの曲がもっと聴きたかったなーというところだけれどもARBのライブではないのであった。
しかしゲストの方々が選び凌さんと一緒に歌うARBの一曲がいずれもよかった。
公平さんと凌さんのワイルドローティーンガール、艶っぽかったなー。
それにしてもほんと、10代の頃ガンガンに聴いていた曲が、今聴いてもビシビシ響くのだからね。
こんなライブが観れたこと、心からありがたいなと思う。



この記事のみを表示するあふれる熱い涙

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昨年の1月か2月頃だったかな。
SNSのリンクをたどっていって見つけた、ある方のツイッター&インスタグラム。
短い文章の中に人となりや暮らしぶりなどがぎゅっと詰まっていて、その方にとっては現実のことのつぶやきであり写真であるのに、一読者としてはまるで掌編小説を読ませてもらっているような趣すらあり、アクセスするのが毎日の楽しみのひとつになった。

楽しみがいっそう増したのは、その方のご実家の庭にかわいい猫が訪れるようになったから。
その後、通い猫状態がしばらく続く→しかしある日ぱったり姿を現さなくなる→数ヵ月経ってまたやってきた!→再び通い猫になる→その方が意を決して保護する→人と暮らせるように人馴れ訓練を開始→里親さんが見つかる→里親さんのもとへお引っ越し、
という経過をたどり、その猫の新しい生活がスタートした本日。
……と、出来事の羅列だけ書いてもおもしろくもなんともないよねっ。てかまとめ方が下手でスミマセヌ。
(しかしその方のツイッターやインスタグラムを読まれていた方にはすぐにその猫の姿が思い浮かぶことでしょう……)

ほんとうにおめでたいこと。
良き里親さんのもとで、これから生涯ずっと安心して暮らせるのだもの。
だけど、その方とその猫との関係においてはひとつの別れ、旅立ちでもあるわけで、なんだかね。涙がね。

毎日読ませてもらっているだけで、こんなにも勝手に感情移入してしまうものだなーと冷静に考えると、ネットの怖さという部分も改めて感じずにはいられませぬが、しかしこの1年半くらいの間、自分の感情にとって素晴らしい体験をさせてもらったとしみじみ思う。

これからもずっとずっと幸せでありますようにと心から祈る。



この記事のみを表示する思い出すこと

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2011年3月11日から5年が過ぎて、今九州が大変な状況になっていて、そんなときになってなぜだかものすごく思い出すのは、5年前の当時うれしかったこと。
わたし自身が被災したわけではないけれど、故郷や家族のことについてメールや電話や葉書やこのブログなどで言葉をかけていただいたことは、本当に励まされ、うれしいことだったなとしみじみ思う。
わたしはすぐに「こんなときに言えることは何もない」と口を閉ざしてしまうタチだし、のちに何人かの友人知人から「あのときは何も言葉をかけることができなかったよ」と言われたときも、うん、その気持ちよくわかるよ、と思った。
だけれども、心配してくれている、気にかけてくれている、そのやさしさが伝わる言葉を受け取るだけで、ずいぶん力になるものなのだな、ということもあの頃知った気がする(あくまでも自分は普通に暮らせている状態だったのではありますが)。

改めて、ありがとうございました。

もらったうれしさ、あたたかさを少しずつでも返していけるようになりたい。

この記事のみを表示する目標

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さまざまな苦手意識を克服したい、という気持ちはある。
例えば、1月。毎年1月はなんだか精神的にしんどい。
1年後の今頃はもっとさっぱりした気持ちで過ごしていられるよう、1年かけてがんばってみるか。
どうがんばるんだ、という話だけど……。