猫とワタシ

BACK TO BACK

背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示する忘れない2018年1月

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年末年始の帰省から東京に戻った翌々日、朝からなんだか喉と頭が痛かった。
午後に少し外出して自宅に戻ってくると、急にものすごい寒気に襲われた。
熱を計るといきなり38.4℃。
うわーなにこれ風邪!?と思い、とりあえず薬を飲んですぐに寝る。
しかし熱はガンガン上がり続ける。翌日には39.5℃までいった。39℃超えの高熱が出たのはほぼ四半世紀ぶりじゃー。
熱があるのに体を暖めても汗はまったくかかず、とにかくずっと寒い。布団にくるまりながらガタガタ震える。
そして何より、身体中が痛い。とくになぜだか股関節が異常に痛かった。その痛みで夜中に何度も目が覚める。
つ、つ、つらすぎるー
これがインフルエンザってものなんですね。初めてかかったよ。

それでも3日目には熱が37℃台に下がり、節々の痛みもだいぶ治まってきた。
朝、母からお見舞いの電話があって、布団の中で「熱は下がってきたよ」などと話す。
その後起きて、今日は普通に家のことをできるかなーとちょっと活動してみるも、やっぱりだんだん具合が悪くなってくる。
しばし休もうと布団に横たわっていたら、いつの間にか眠っていた。

1~2時間後に目が覚めて、手元にあったスマートフォンを何気なく見ると、メッサージが複数届いている。
どのメッセージも、地元に住んでいる妹が送ってきたものだった。
「お母さんが急性心筋梗塞で倒れた。地元の病院から、仙台の病院に救急搬送されている」
呆然とする。
今朝、わたしのことを心配して電話をくれたばかりなのに。
驚きとショック、母への思い、万が一のことに対する不安と恐怖、自分自身に対する情けなさ……このとき瞬時に湧き起こったさまざまな感情を、この先も忘れることはないだろう。

母はおかげさまで無事に緊急手術を受けることができ、その後も順調に回復し、数日で退院することができた。

それにしてもつくづく現実に直面しないと考えもしないことばかりなんだなと痛感した。
いつ何が起こるかわからないし、何が起きてもおかしくない。そしてひとたび何かが起きれば、それまで当たり前に営んできたいろんな物事が一変してしまうこともある。それはわかっていたはずなのに。
だいたい自分がここまで体調を崩していたら、緊急事態に駆けつけることもできないのだということすら、まったく考えたことがなかった。
この歳になって改めて、今までのほほんと甘々で生きてきた自分を思い知る。

ブログの記事にするようなことではないなと思いつつ、生きるということについてこれまでにないほどあれこれ考えた今月であったので記録。

そしてとにかくまだまだ流行っているインフルエンザ、感染しないようくれぐれも気をつけましょーっ!!
ちなみにわたしは咳や鼻水はまったくありませんでしたが、解熱後も胃腸がやられて完治までに約1週間ほどかかりました……

この記事のみを表示する1月のある夜の出来事

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先日の夜、近所を歩いていたら、どこかから猫の大きな鳴き声が聞こえてきた。
猫があんな声で鳴くというのは何か理由があるはずだし、しかもその声には聞き覚えがある。
いやな予感がして、その声が聞こえるところまで行ってみると、地上10メートルくらいの高さにあるベランダの手すりの上で猫が鳴き叫んでいた。
暗くてはっきりとは様子がわからないが、首輪をしているのが見える。
そのうちに猫は鳴きわめきながらベランダの端から端へと移動した。
うわー、やっぱりそうだよ、姫ちゃん(仮名)だよ。。。

姫ちゃんは近所のお宅で飼われている猫なのだが、いつも自由に外を出歩いている。
そのおかげでわたしも出会うことができたわけで、昨年末頃までは毎日数時間ほど、我が家で一緒に過ごすのが日課になっていた。
それが自分も帰省したりしていたこともあり、年明けからはぱったり会えなくなっていた。
きっと寒いからおうちに引きこもっているんだろうね~と勝手に思っていたのだけれど、まさかあんなところにいるなんて。

姫ちゃんが鳴いているベランダのあるマンションはちょっとした高台に建っており、エントランスはもちろん地上に面しているのだが、ベランダの外側は一種の断崖のようになっている(説明が下手ですみませぬ)。
姫ちゃんはおそらく地上のどこかからそのベランダに侵入したものの、出られなくなってしまったのだろう。
猫も人も飛び降りるにはあまりにも危険な高さで、姫ちゃんが恐怖のためにパニックに陥っているのが伝わってくる。

どうしたら助けることができるのかわからず、とにかく誰かの力を借りなくてはと近くの交番に駆け込んだ。
状況を話すと、二人の警官が捕獲用の網を持ってすぐに来てくれた。
一人の警官が地上から一般の人は入れない抜け道を通り、ベランダのほうへ回り込む。
しかし近づいてきた警官に驚いたのか、姫ちゃんはベランダのどこかに姿を隠してしまった。
鳴き声もやみ、静かになる。
「後で様子を見にきますよ」と警官の方々がその場を去ると、またものすごい声で鳴き始める姫ちゃん。
「なに?鳥が鳴いてるの?不気味な声だなー」などと言いながら通り過ぎていく人たちがいた。
姫ちゃんの声はもともと細く高いトーンでいかにも女の子らしいのだが、ありったけの声を出して鳴き続けているせいで、すっかりガラガラ声になっていた。

再び来てくれた警官の方々は、今度はそのベランダの部屋の家主さんを訪ねてくれた。
部屋に入れてもらい、ベランダを懐中電灯で照らしながら姫ちゃんを探してくれる警官さん(わたしは断崖の下からその姿を仰ぎ見ていた)。
しかしベランダのどこかに死角があるらしく、またもや姫ちゃんは姿を隠してしまう。

家主さんのお宅から出てきた警官が話す。
「家主さんのお話では、よくここのベランダに来て昼寝したりしているらしいですよ。しょっちゅう出入りしているみたいだから、またそのうち自分で出ていけるでしょう。姿も見えないので、もしかしたらもうどこかから出ていったのかもしれませんよ」
そうならいいのだけれども、そうであってほしいのだけれども……。
力を尽くして下さった警官の方々にお礼を言って、一旦自宅に戻った。
が、気になるので再び現場へ行ってみると、ああまた鳴きわめいているー!!
懲りずに再び交番に行くも、警官の方々も「もし住民の方から苦情がきたらまた行きますんで」と、他のことで忙しい様子。そりゃそうですよね。
しかしそれでも一人の警官さんが来て下さった。
「きっと自分で出られるはずですから大丈夫ですよ」という言葉に、うう、そうであってほしいと自分を納得させ、ひとまず他の用事を済ませることにした。その間に姫ちゃんが無事に脱出してくれることを願いつつ。
でもそれは自分にとって都合のいい願いに過ぎなかった。
用事を済ませて戻ってくると姫ちゃんはまだ激しく鳴き続けているのであった。

どうしよう、どうしたらいいんだー!!
すでに夜10時近く、普段まったくつきあいのない姫ちゃんの飼い主さんにいきなり連絡をするのは気が引けたが、そんなことはもはや言っていられない。
番号を調べて電話をかけると飼い主さんはすぐに出てくれた。よかった。
姫ちゃんが助けを求めて鳴いている旨を伝えると、「え~。もう1週間くらい帰ってきてないから、どこ行っちゃったんだろうと思っていたんですよ~」と飼い主さん。なぬー

実はちょうど1週間くらい前の日中にもその現場付近から猫の鳴き声が聞こえてきたことがあった。
そのときは猫の姿を確認しないままスルーしてしまったのだけれども、もしかして姫ちゃん、1週間くらいずっとあのベランダにいるの?
ベランダの家主さんが「よくここで昼寝をしている」と言っていたというのも、姫ちゃんがしょっちゅう出入りしていたからではなくて、出られなくなってずっとベランダにいたからという可能性がある?

電話をかけた数分後に、現場で飼い主さんと落ち合った。
飼い主さんの顔見知りの警官(先ほどとは別の方)も来てくれた。
「飼い主さんなら逃げないだろうから、あのお宅の方にお願いしてベランダに入れてもらうのがいいんじゃないですか」と警官さん。
「でもあのお宅の人、ちょっと気難しくて苦手なんですよね……」と飼い主さん。
その間にも張り裂けそうな声で絶叫し続ける姫ちゃん。
「やっぱり飼い主さんが行ったほうがいいです」と警官さん。
「じゃあ一緒に行ってもらえますか」と警官とともにそのお宅を訪ねる飼い主さん。
夜に2回も自宅に警官が訪ねてくるなんて、ものすごくご迷惑だっただろう。しかもその理由が、自分の家のベランダに勝手に入ってきて出られなくなってきた猫のことでなんだもの。
玄関の外で待っていると、「さっき捕まえようとしたんだけど、逃げられちゃったんですよね」という家主さんの穏やかな声が聞こえてきた。良い方そうでよかった……。

飼い主さんがやってきても、パニック状態に陥っていた姫ちゃんは、ウーウー唸って人間を警戒していた模様。
数十分経ってから、ようやく姫ちゃんを抱きかかえた飼い主さんが玄関から出てきた。
飼い主さんはお年のせいもあって抱っこし続けるのが大変そうなので、わたしが代わりに抱かせてもらった。
いつもはつやつやしている姫ちゃんの毛はひどくボサボサで、ふっくらしていた体も骨が浮き出てガリガリになっていた。
1週間なのか、もっと長い間なのかわからないけれど、やっぱり帰りたいけど帰れないという状況になってしまって、何も食べていなかったのではないかと思った。

「ああよかった。この寒さでしょう、もうどこかで死んじゃったのかと思っていたのよね。年も10歳過ぎてるし、そうなってもおかしくないでしょう」と飼い主さん。
いやいやいやいや。生きたくて、生きようとして、だからあんなにも鳴いて助けを求めていたんだよね、姫ちゃんは。

とにかく無事におうちに帰れてよかったということに尽きるのだけれども、なんだかちょっと、いろいろと考えずにはいられず、しばらく引きずり続けている。
そんなわけで、起きた出来事を長々と記録してみた。
おつきあいいただき、ありがとうございましたー!



この記事のみを表示する豚になりたい

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正確には、バハマの豚になりたい。
リンク先の画像がとてもよいー

手の届く願望としてはスーパーひたち!乗りたい。乗りに行くー
画像を見たら、あの車両にものすごく愛着をもっていたことに改めて気づいた。
「乗り慣れた懐かしい車両」、まさにそれ。

トップの画像は唐突ですが昔のタンジュンサリのビーチ(再掲)。
行きたいのおお。


この記事のみを表示する猫の知性

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我が家を時々訪れる、近所の飼い猫・姫ちゃん(仮名)の話。
姫ちゃんの我が家での行動パターンは、①おやつを食べる→②毛づくろいする→③押入れの中で寝る→④数時間後に起きておうちに帰る(絶対に泊まることはない)。

①の「おやつを食べる」のとき、姫ちゃんはいつも2分の1~3分の1くらいおやつを残す。
初めてのときは、おなかがいっぱいでいらないのかなと思って、姫ちゃんが寝ている間に残ったおやつを片付けた。
その後しばらくして眠りから覚めた姫ちゃんは、真っ先におやつが置いてあった場所に向かった。
そしておやつ皿がなくなっていることに気づき、明らかにフリーズした。
「あれっ、せっかく残しておいたのになくなっちゃってる!」
あのときの姫ちゃんの小さく固まった後ろ姿にふきだしをつけるとしたら、中に入るのはこんな台詞だったはずー。

そこで次からは姫ちゃんが残したおやつをそのままにしておくようにした。
姫ちゃんは後から食べるためにわざと残している。これは間違いない。
④の「数時間後に起きておうちに帰る」は、正確には「数時間後に起きて、残しておいたおやつを平らげてからおうちに帰る」なのである。

猫もそんなふうに食べる量をコントロールしているのだなあ。
どんな考えで残しているのかはわからないけれど、起きたときの楽しみにしていたりするのかなあ。
にゃんともかわいいなあ。

ちなみに、わたしが玄関のドアを開けないと、姫ちゃんは出入りすることができない。
姫ちゃんが帰りたいモードになったときは、どんな深夜であってもわたしも気づいて起きて玄関のドアを開けて見送るのだが、昨年の夏、一度だけ爆睡してしまってまったく気づかなかったときがあった。
気がついたのは、腕に何か触れるものを感じたからだった。
目を開けると、姫ちゃんがわたしの枕元にちんまり座り、爪の先でわたしの腕を押していた。
それが肌に跡がまったくつかない絶妙な圧で、力加減をものすごくコントロールしてくれているのがわかった。
(だってもし本気で爪を立てられたら流血の惨事になるものー)
わたしが目を覚ますまで、どのくらい姫ちゃんが待っていたのかわからないけれど、「どうしたらこの人間は起きてくれるだろう」とめちゃくちゃ考えての行動だったんだろうなと思うと、申し訳ないのと同時にいとおしさが募る。
動物の賢さよ。知恵よ。尊さよ。

トップの画像は、冬の頃にベローチェでドリンク3杯につき1匹もらえたふちねこちゃん。
全5匹中4匹しかゲットできずでしたが、ほんとよくできててかわいいのね。

この記事のみを表示する猫はいろいろ教えてくれる

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まだ暑さが厳しかったある日、ひょんなことから近所の猫が我が家に出入りするようになった。
あるお宅で飼われている猫なのだけれども、なぜか激しくお腹をすかせているときがあって、私が把握しているだけでも本宅以外に最低3軒の別宅があり、ごはんやおやつをもらっている。
要は、我が家もその1軒に加わったわけである。

基本的にはごはんを食べてお腹がいっぱいになったら出ていくのだけれど、何度も来るうちに、ついでに寝ていったりするようになった。
そのうち一緒に寝たりなんかもするようになって、いつかの日曜の夜に彼女(雌猫なのです)とごろごろしながら『真田丸』を観たのは幸せだったなー
が、抱っこされたり、触られたりというのがあまり好きではない猫なので、スキンシップ的幸福感はあまり味わえない。
寝ているときに思わず頭をなでなでしたら、長々と文句をいわれたことも。
適度な距離感を保つよう努めてます。

涼しくなってきてからは押し入れの中にこもるようになって、同じ家の中にいても姿をほとんど見ないという状況になっていた。
でも、彼女が寝るスペースにふかふかの毛布を敷いたり、かけたりすると、ゴロゴロと喉を大きく鳴らしてくれて、それにもまたなんとも幸せな気持ちにしてもらっていた。

しかし最近はしばらく会っていない。
タイミングもあるが、このところの寒さで彼女も外を出歩かなくなっているのだと思う。
わたしとしては猫を飼っているわけでもないのにフードを買ったりする手間も減ったわけだけれど、それがうれしいかといったらもちろんまったくそんなことはない。
彼女が好きなごはんやおやつをだしたり、できるだけ快適な寝床を提供したりって、一見、猫のためにやっているようだけれど、全然違う。

そうすることでなによりうれしく、満たされていたのは自分自身だった。
というか、喜びの本質ってそういうところにあるのかもね実は。
自分のことだけでいっぱいいっぱい過ぎる毎日だけど、眠っている思いみたいなものが自分の中にあることも知る。



この記事のみを表示するRSS

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来年の多摩猫カレンダーが届きました。

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RSSリーダーに登録して拝読している小西さんのブログ、最近とくに印象的だったのがこちらの記事

すべての家のない人と猫がこの冬も無事に過ごせますように。

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話は変わりますが、こちらのブログもRSSリーダーに登録していて、時々更新されるのを楽しみにしていました。
心を揺さぶられたエッセイもたくさんあるけれど(こちらとか)、このお買い物ブログがなんだかとても好きだった。
文章に品があって、読んでいて心地よかった。素敵だなと思っていました。

今まで読んできたもの以外のことは知らないけれど、あの素敵な人がいなくなってしまったんだな、と思う。
文章を読んでいるうちに心が近くなっていくことがあるというか、書き手に勝手に親しみを覚えたり、知った気になったりしているようなことが自分には多いのではなかろうか、ということにも気づいた。
でもそれが文章の力というものでもあるのだよね……と何を書いているのかわからなくなってきましたが。


こんなにも悲しみが、体中を突き刺すように伝わってくる文章はそうないな、と思いながら、今日、こちらの記事を読みました。
http://nomuch.hatenablog.com/entry/2016/11/19/194147






この記事のみを表示するサッポロ生が大好きです

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この扉を入ったときのことは憶えているのだけれども、出たときのことをまったく思い出せない。
久しぶりにほとんどの記憶をなくすほど飲んでしまった。
メニューがサッポロ生ビールオンリーという、カウンターのみの小さなビアホールにて。
5杯目までは飲んだ記憶がおぼろげにあるのだけど、それ以降がもうまったくわからない。

でも、さすがメニューが生ビールのみというだけあって、極上絶品ビールだったことはしっかり記憶。
雑味がまったくない。泡も完璧。するする喉を通る。注いでくれるママの技、素晴らしい。
わたしがサッポロ生が好きだからということで誘ってくださった友人に感謝。
やさしくて人当たりのいい人と飲むと心底ほっとするものだな~と、このところ疲労困憊気味だったわたしとしてはしみじみ癒されるような心持ちであったものの、それなのにこちらからはいろいろと迷惑をかけてしまった。ごめんなさいとここで謝罪。
いやはやほんとうにすみませぬ。

そしてなぜそういう展開になったのかもまったく記憶にございませんが、ビアホールで隣り合わせたひとり飲みの女の子と、この扉を出てからもう一軒、別の店に飲みに行ったのであった。
飲み屋で知り合ったばかりの人と一緒に飲むなんてことも100年ぶりくらいではなかっただろうか。
飲んでる最中のことはほとんど憶えていないのだけれども、メールアドレスの交換っぽいことをしていた形跡がスマホに残っていたので、翌日メールしてみた。
そしたら、「偶然会って、あんなに楽しいお酒が飲めるとは思っていなかったので感謝してます」という旨の返信をいただき、なんだか、じーん。
また飲もうね、という約束がほんとに実現するかどうかはわからないけれども、というか大体においてあまりにも記憶が飛びすぎではあるのだけれども、しかしながらよい出会いであったなと思う。
出会いの可能性みたいなものについて、久しぶりになんとなく前向きな気持ちにもなったりとか。

飲みすぎはマジでいい加減にしとけよ、と自分を戒めつつ、楽しいお酒ってやっぱよいものだな~、なんて思っちゃったりもするのよねん。




この記事のみを表示するレジギガス

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話題のポケモンGO、アプリを一応インストールしてみたものの、そして近所にたくさんポケストップはあるものの、道端とか街の中でゲームをやるのがなんとなく面倒くさいという、どこまでも不精なアタクシです。向いてねえ。
しかし、↑のレジギガスはゲットしてみたいな~。会えたら感激だな~。
「縄で縛った大陸を引っぱって動かしたという伝説残されている」っすからね!

この絵は、当時8歳の姪っ子が描いたもの(ちなみにそのときの記事。懐かしきアニキも!)。
彼女はとにかくポケモンが大好きな子供でありました。
とくにお気に入りのモンスターの名前とか特徴とか熱心に教えてくれたものですが、あっしはすべてあっさり聞き流してしまっておりました。
今ならもっと興味をもって教えてもらうのになあ(って勝手すぎるオバ)。

そんな彼女のポケモンブームも中学に入ったくらいからだんだんとフェイドアウトしていき、でも絵を描くことだけはぷはーっの絵の頃を含めてずっと大好きなままで、しかもどんどんうまくなっていて、今年4月、美術を中心に学ぶために、隣の市の高校に入学。
(市外の高校に入学するという選択は自分の頃はまったく考えなかったけれど、地元の教育事情もいろいろ変化しているのだね。そりゃそうか)

と、ポケモンというと姪っ子を思い出す次第なのでありました。
そしてもう彼女も高校生なんだなーと思うと、自分の高校時代もついこの間のようによみがえってくるという連鎖。
人生においてやっぱりとりわけ濃い時期だったんだな、あの頃は。とか思ったりします。
わたしにとっては、スライダーズに出会った時代。



この記事のみを表示する石橋凌SOULFUL CARNIVAL@赤坂BLITZ

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(画像をお借りしました)

人生初のスタンディングライブは、確か中3の夏休みに仙台で観たARB。
NHK仙台のFM番組の公開録音ライブだった。
ものすごい熱気で、客同士もみくちゃになりながら観た。
前の人の髪の毛から飛び散る汗が時に口の中に入ったりするほど、ぎゅうぎゅうの汗まみれだった。
しかしそんなことはどうでもよかった。
ただただ夢中でステージを見つめた。音を、声を聴いた。
こぶしを振り上げたりする度に、生きている実感みたいなものさえ覚えた。
何もかも初めての感覚だった。

あれから30年以上経っても生々しく思い出せるくらいに、強烈な体験だったのだなー。
などと振り返ったりしながら、石橋凌さん60歳のバースデーライブへ。
久しぶりに3時間以上立ちっぱなしだったけれど、実にあっという間の楽しさだった。

以下、ライブとは全然関係ないことなのだけれどもメモ。

・ストーンズの中で、キースのスタイリストだけ京都在住の日本人なのだそうな。ウエケンさんが、そのスタイリストさんからもらったというキース着用のブルーのシャツを着ていたのであった。
・増子さんがクドカンの舞台に出るそうな。なにそれなにそれ絶対みたいー!!
・池畑さん、本日のライブの全40曲すべて演奏。リハも含めると80曲。そして明日からはフジロックで3連チャン。昨日までは苗場でフジロックのリハを行っていたとか。井上富雄さんも共に。なんだか仕事でくたびれ果てた状態になっていたのだけれども、ぬるい!ぬるいよ、わしゃ~と反省。池畑さん超かっこいいー
・以上について知ることができたのは司会の原島さんのおかげである。原島さんのトーク、冴えてたなあ。
・鮎川さんのトークは今日もとてもキュートでユーモラスであった。
・菊さんが69歳という事実にびっくり。『犯罪レベル』という曲が傑作すぎた。俺のあだ名は犯罪レベル~、俺の体は犯罪レベル~(耳の記憶なので間違えて書いていたらすみませぬ)。
・上中さんの歌のうまさにもびっくり。THEイナズマ戦隊、聴いてみよう。
・というか、今日観た方々、みんな歌がうまい。プロに向かって何言ってるのって話ですが、声の個性とか魅力ってすごいなとしみじみ。

欲をいえばARBの曲がもっと聴きたかったなーというところだけれどもARBのライブではないのであった。
しかしゲストの方々が選び凌さんと一緒に歌うARBの一曲がいずれもよかった。
公平さんと凌さんのワイルドローティーンガール、艶っぽかったなー。
それにしてもほんと、10代の頃ガンガンに聴いていた曲が、今聴いてもビシビシ響くのだからね。
こんなライブが観れたこと、心からありがたいなと思う。



この記事のみを表示するあふれる熱い涙

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昨年の1月か2月頃だったかな。
SNSのリンクをたどっていって見つけた、ある方のツイッター&インスタグラム。
短い文章の中に人となりや暮らしぶりなどがぎゅっと詰まっていて、その方にとっては現実のことのつぶやきであり写真であるのに、一読者としてはまるで掌編小説を読ませてもらっているような趣すらあり、アクセスするのが毎日の楽しみのひとつになった。

楽しみがいっそう増したのは、その方のご実家の庭にかわいい猫が訪れるようになったから。
その後、通い猫状態がしばらく続く→しかしある日ぱったり姿を現さなくなる→数ヵ月経ってまたやってきた!→再び通い猫になる→その方が意を決して保護する→人と暮らせるように人馴れ訓練を開始→里親さんが見つかる→里親さんのもとへお引っ越し、
という経過をたどり、その猫の新しい生活がスタートした本日。
……と、出来事の羅列だけ書いてもおもしろくもなんともないよねっ。てかまとめ方が下手でスミマセヌ。
(しかしその方のツイッターやインスタグラムを読まれていた方にはすぐにその猫の姿が思い浮かぶことでしょう……)

ほんとうにおめでたいこと。
良き里親さんのもとで、これから生涯ずっと安心して暮らせるのだもの。
だけど、その方とその猫との関係においてはひとつの別れ、旅立ちでもあるわけで、なんだかね。涙がね。

毎日読ませてもらっているだけで、こんなにも勝手に感情移入してしまうものだなーと冷静に考えると、ネットの怖さという部分も改めて感じずにはいられませぬが、しかしこの1年半くらいの間、自分の感情にとって素晴らしい体験をさせてもらったとしみじみ思う。

これからもずっとずっと幸せでありますようにと心から祈る。