猫とワタシ

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背中合わせのNight&Day

この記事のみを表示するカンバン

過去の旅

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この記事のみを表示するセンチメンタルジャーニー

過去の旅

もう20年も前のことになるけれど、タイ北部の町のとある有名寺院を訪れたときのこと。
広い敷地の一角で、とてもラフな格好で座りこんで話している2人の男性とひとりの女性がいた。
たぶん、ホームレスの人々。
そのうちのひとりがとても陽気なおっちゃんで、カメラ片手に歩いているわたしたちを見て
「俺たちの写真を撮ってくれよ」と声をかけてきた。
写真を撮るとさらにいろいろ話しかけてきたので、
ちょっとだけ一緒に座りこんで話をした。
そのおっちゃんは英語が堪能だった。

おっちゃんは占いができるという。
手相だったか誕生日だったか忘れてしまったけれど、とにかく占ってもらった。
占いの結果は「コーヒーの飲み過ぎで死ぬ」だのなんだのほとんどよくわからない内容だったが、
同行者とわたしのそれぞれの結婚する年齢や、子どもの人数もその中にあった。
同行者はそれを聞いて、少し悲しそうな顔でわたしに言った。
「俺たち、結婚しないのかな」

同行者は当時おつきあいしていたひとで、この旅を終えて帰国したら結婚するつもりだった。
それがこの占いによればお互い結婚する年齢も子どもの人数も全然違うので、
つまりこれから違う人生を歩むのか!? と彼は思ったらしい。
そもそもインチキくさい占いなのに、そこだけ真に受けたように
彼がそう言ったことは今でもなぜか忘れられない。

彼とは2週間、バンコクからチェンマイまでを旅した。
彼は仕事があるのでひとりで日本に帰国し、
わたしはひとりでチェンマイに残った。

チェンマイの小さな空港で、彼の乗るバンコク行きの飛行機の搭乗時間を待ちながら、
ふたりでお茶を飲んだ。
彼とのタイでの2週間は珍道中ではあったけれども、
ケンカをしたりイヤな雰囲気になったりすることはまったくなかった。
そのひとのことを心から信頼できると感じ続けた日々だった。
彼が日本に帰ってしまうことが寂しくて、空港内のカフェでわたしは泣いた。
だったら一緒に帰ろうよ、と何度も言われたけれど、
しかし「うん」とは言えなかった。
何かあのときは旅を続けなければならないという使命感のようなものを勝手に抱いていた。
寂しくて泣いているくせに、なあ。

その後わたしはひとりで旅を続け、それから約4ヵ月後に日本に帰る頃には
すっかり心変わりをしていた。
帰るなり別れを切り出した。

あの頃、旅先で会った日本人の方々に恋人が日本にいると言うと、
「そんな何ヵ月も待ってくれるひとなんてめったにいないよ」とよく言われたものだった。
でも彼はほんとうに待ってくれていた。
そして彼以外にもわたしの帰国を心待ちにしてくれていたひとがいた。
彼のお父さんである。
長男である彼の結婚を誰よりも待ち望んでいたお父さんは、
ひとりで海外をふらふらしているわたしのことを頼もしいと褒めてくれていると、
彼から聞いていた。
帰国したらお父さんに会うために、彼の実家へ行くことになっていた。

それを全部わたしがだめにした。
彼のお父さんは、翌年ご病気で他界された。

これはわたしが他人に対して行った、最もひどいことのひとつである。
どれほど傷つけたかわからない。


そのひとはそれから何年かして結婚し、
わたしは不毛な恋愛をくり返したりしながら今もひとりでいる。
20年前のおっちゃんの占い、当たってないけど、当たってる。

しかしそれだけのことをしておきながら、
わたしはいまだにそのひとを頼りにしている。
ものすごく困ったとき、誰かの手を借りたいと思ったとき、
最終的に顔が浮かぶのはそのひとなのである。
ほんと身勝手すぎるなと書いていて改めて思うけど……

数年前のことになるけれど、仕事もない、お金もない、困ったよー、という電話をしたことがあった。
そこまでぶっちゃけることのできる相手も、結局そのひとしかいない。
そのひとは奥さんと食事中だったようですぐに電話を切ったのだが、
ほとんど間を開けずに向こうから電話がかかってきた。

「米はあるか?」

電話に出るなりそう言われた。

え? 米はあるけど。

「そうか。お金はうちもないけど米ならあるから送ってやろうかと思ってさ」

そういうふうに、いつも具体的に何かをしてくれる。
お米は送ってもらわなかったけれど、その後、そのひとに仕事を紹介してもらい、
なんとか切り抜けることができたのであった。


だらだらと回想してしまった。
でもあの20年前の旅を思い出すと、ここに行き着く。
それもまた、旅ってものであるのかな(なんのこっちゃ)。

この記事のみを表示する夏至

過去の旅

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今日は夏至だったんだー、ということで
じぶん的に夏至っぽいなと思った写真をアップ。
どこが夏至っぽいのか説明せよ、とか言われたら困る。
陽の長そうな感じですかね、とか適当に答えることだろう。

しかし今日は長い1日だった。
さすが夏至。
って夏至とは何の関係もなくただ長かったのじゃが。
疲れたび。



この記事のみを表示するなぜかペソ

過去の旅



「あの角を曲がったところの路地に猫がいる、に100ペソ」

「天気予報では夕方から雨が降るかもと言っているが、
たぶん降らない、に30ペソ」

「このままだと遅刻しそうだが駅に着いたらすぐに電車がきてくれて
絶対約束の時間に間に合う、に500ペソ」

などなど、上のたとえはあんまりうまくないけれど
日常生活の中でたまに小さな脳内賭け事をするとき、
その賭け金の単位はなぜか「ペソ」。
円でもなければドルでもルピアでもなく、ペソ。
誰かが言っていたことがいつのまにか自分の頭の中でも定着したのかもしれませぬが、
とにかくペソがいちばんしっくりくるのですなあ、なぜか。

写真は昔、メヒコのロスカボスで撮影。
日本料理店のショーウインドウに貼られていたメニュー。

海外で目にする日本食のメニューってあまりにも魅力的。
日本で日本食のメニューを見るときにはまずあり得ないほどの胸の高鳴りを感じます。
「ほうれん草ごまあえ」とか「ギョーザ」とかその字面だけでもうたまらんわ~となる。
「ギョーザ」はあくまでも日本食としての、家庭料理的なギョーザということで。

ところでこの写真のメニューの金額の部分には
手書きで「ペソ」と単位が書かれていますが
これはとても日本人旅行者向けで親切であります。

あれはメヒコに到着した夜のことじゃった。
夜着いて、そのままホテルにチェックイン。
移動で疲れたことだし、今夜は早く眠ろうと思っていたのじゃったが
時差ぼけで眠れなくなってしまったのじゃった。
しかもめちゃくちゃお腹がすいていた。
そんなわけでルームサービスを頼もうかと思い、部屋のメニューを見てみた。
すると、だいたいどの料理も$30とか$40とか$50という値段なのじゃった。

「$」ってドルってことか??
だとしたらハンバーガー1個3000円とかしちゃうのけ??

冷静に考えれば、んなわけないじゃろ! なんじゃけど、
初めての国での初めての夜、しかもおひとりさまゆえ誰にも相談できず、
万が一ドル表示だった場合の出費のダメージを考えに考え、
結局ルームサービスはあきらめ、夜明けまで激しい空腹と闘い続け、
朝方になってようやく眠気が訪れてきてくれたと思ったら
お掃除のお姉さんがいきなり鍵を開けて部屋に入ってきてくれちゃって、
「スンマセン、もうちょっと眠りたいのじゃが~」と日本語で訴え、
それに対しお姉さんもスペイン語で何か返してくれるんだけど当然意味は全然わからず、
でもとにかく掃除は後からにしていただいたのじゃった!
という、どーでもよい思い出。

ちなみにメキシコペソとUSドルの表示の違いについては
こちらの記事が参考になります。


明日も夕立はこないはずだ、に3000ペソ(大きく出たな)

この記事のみを表示するタイとバリのねこ

過去の旅



タイ・チェンライにて



バリ島・シガラジャにて


本日も過去旅写真の再アップなり。
かわゆい。



この記事のみを表示するビルマの子

過去の旅



2006年1月にブログにアップした写真を再びアップ。
1993年に訪れたビルマのタチレク(タイの国境の町メーサイから日帰りで入国)にて
出会った子どもたち。
雑なスキャンの粗い写真でスミマセンが、ぜひクリックして大きい画像でご覧くださいませ。
この子たちの笑顔がめっちゃかわゆ~~い!!ので。



しかしもう19年も前なんだ…
元気かな

この記事のみを表示するあぢ。

過去の旅

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数年前にもアップしたことのある写真だけど
今ちょっとこんな気分?なので再アップ。
バンコク、カオサンロードのワンコ。


あーまた暑中見舞いを送るのを延ばし延ばしにしているうちに
残暑見舞いの時期がきてしまった…

この記事のみを表示する# ともだち・その2

過去の旅








この記事のみを表示するクリスマス'97

過去の旅

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久しぶり?の個人的昔懐かしシリーズです。
'97年のサンフランシスコ、フィッシャーマンズワーフのクリスマスツリー。
白いのは鳩のオーナメントかな。

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なんだか妙に薄暗い写真になっておりますが
撮影したのは朝7時頃だったと思います。
なんとなく唐突な感じのするどでかさですね、このツリー。

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常設展示?のイルカもいました。

ところで写真の日付が12月24日になっておりますが、
これは日本時間でありまして(カメラの設定が日本時間のままだった)、
アメリカはまだ23日でした。
この日の夕方、サンフランシスコからロスアンゼルスへ行き一泊して、
アメリカ時間の12月24日の朝に日本への帰国便に搭乗。
日本に着いたのは日本時間の25日の夕方で、つまりその年のイブの夜は空の上にいる間に
どこかへ消えていったのでありました。
正直、清々しかったなー、イブの消滅。ビバ☆日付変更線!
だってクリスマスで街全体が浮かれてる、とくにイブの夜の東京の雰囲気が
当時はすっごく苦手じゃったのじゃったのよ~(アイアムひねくれもの)。

でもそういう浮かれた感じこそがクリスマスなのだと思っていた日本育ちの私には、
サンフランシスコやL.A.のまったく浮かれていない空気感が逆に新鮮でした。
キリスト教徒を中心とする国でのクリスマスの意味合いや過ごし方は、
日本とは全然違うものなのだよーとは読んだり聞いたりしていて知っていたけれど、
実際にその時期の米国西海岸に行ってみて「そうかぁ、こういうものなのかぁ~」と、
まさに百聞は一見にしかず状態でした。
なんというか意外なほどに街が静かだった印象が残っています。
そんななかで唯一とっても「クリスマス」を感じたのは、
L.A.の空港から宿泊先のホテルへ乗せてもらったシャトルバスを降りた時。
それまで無愛想で無口だったドライバーのおじさんが、
バスを降りていく私に向かって「メリークリスマス!」と言ってくれたのです。
私もちょっと照れくさくありつつも「メリークリスマス!」と返しました。
きっとアメリカではこの時期の日常的な挨拶なのでしょうけれど、
日本では多分実際に口に出して言ったことはなかったこの言葉。
こういうふうにほんとに普通に使うんだねー、
となんだかほわ~んと温かい気持ちになったものでした。

って思い出語り杉~(いや、杉じゃなくてもみの木!)

この時のサンフランシスコ&ロスアンゼルスには、過去に何度もアップしている、
メキシコのロスカボス旅のおまけ的な感じでちょこっとだけ寄りました。

メヒコのクリスマスも以前アップしてますが、
やっぱりこの時期になると懐かしく思い出してしまうロスカボス。

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↑ロスカボスのバス停で出会った美人母娘。
可愛い娘ちゃんの記事はこちら

かつて出会った遠い国のやさしい人たちが
今年も温かいクリスマスを迎えられますように。
そしてもちろん、出会わなかった人も、近くの人も。
とことん自己中で勝手なわたしでもそのように心から祈りたい気持ちになる、
そんな季節でありますなクリスマス。


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過去の旅

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その世界観があまりにも好きすぎる旅のブログに出会って、
ずーっと過去の記事をさかのぼって読ませてもらっている。
結構どっぷりはまってしまっていて、
パソコンから離れて街を歩いている時でも、
その人の目が写し撮った風景の残像が脳裏によみがえるほど。
自分も一緒に旅をしてきたかのような心地よい余韻に包まれる。


今はとても、タイとラオスを長い期間をかけて回ってみたい気持ち
(↑すぐに人様の影響を受けるヤツ)。