昭和40年代後半

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幼稚園で海に遊びに出かけたときの集合写真。
男子も女子もみんな下着姿。


たぶん北泉にて。


Category : 福島


あの丘で

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蜂がおしりをリズミカルに上下させながら
全身で薔薇の蜜を吸っていた。

自由が丘の住宅街にて。

ところで丘といえばこの曲↓



そして薔薇といえばこの曲↓




奥田民生の二大好きな曲。

Category : SONGS&WORDS


喉が渇いたある休日の日記

久しぶりに区のスポーツセンターのプールへ。
泳ぎ終わって更衣室に戻ると、
若いお母さんと5歳くらいかな?の娘さんが着替えをしていた。
娘さんがとてもテンション低くお母さんに尋ねる。

「ねえー、どうして男の子の水着はパンツだけでいいのー?」
「ねえー、どうして男の子は上には何も着なくていいのー?」
「ねえー、どうして男の子だけ着替えが簡単なのー?ずるいー」

娘さんは水着に着替えるのが面倒でたまらないらしくゴキゲン斜め。
お母さんはそんな娘さんをなだめながら着替えを手伝っていた。

子どもの率直なギモンってほんとおもろいわ〜、なんて、
耳に入ってくる会話を微笑ましく聞いていたけれど
ちゃんと答えようと思うとなかなか難しい質問ではありますな。

とりあえず面倒くさいなりにも?さっさと着替えをすませスポーツセンターを出る。
非常に喉が渇いていた。
だったら水でもお茶でもジュースでも買って飲めばいいわけだけど
今この渇きをうるおしてほしい液体はあれしかない。
そう、マイ命の水。その名はビール。
というわけでスポーツセンターから我が家まで歩いて帰る途中にあるカフェで
一杯飲むことにする。

喉の渇きに耐えながら30分ほど歩いてカフェに到着。
歩いている間にますます喉は渇いたなり。
このお店には生ビールはない。
ハートランドの小瓶と中瓶があるが、喉の渇き方からいって小瓶では間に合わないと思われる。
よって中瓶を注文する。ピタパンサンドも一緒にお願いする。
あ〜やっとビールが飲める! とウキウキしながら
店内に置かれている雑誌を席に持ってきて待つ。

ビールはすぐに運ばれてくるもの、とわたしは思っていた。
だがこない。いつまでたってもくる気配がない。
雑誌一冊分、もうざっと見終わっちゃいましたですぜ??
しかも後からオーダーしたひとのコーヒーが先に運ばれていくのを見てしまった。
なぜになぜに??
もしやピタパンサンドと一緒に運んできて下さるということ??

すぐに飲めると思っていたビールがなかなかやってきてくれないことに
若干の苛立ちを感じ始めたアタクシ。

努めてにこやかに「すみません〜」とお店の方に声をかける。
「はい?」
「あの、ビールは先にお願いできますか」
努めて控えめに言っているつもりだが我ながら単刀直入ではあった。
「あ、先にお出ししちゃっても大丈夫ですか?」とお店の方。


イエス、オフコ〜〜〜〜ス


と心の中で絶叫しつつも(嘘)努めて平静を装い「はいお願いします」。

数分後に「お待たせしてすみませんでした」とビールを運んできてくださったお姉さんは
一瞬じっとわたしの顔を見た。
「このひともしやアル中?」とでも思われたのだろうか。
いやなんと思われようともはやかまわん!!

一心不乱にグラスにビールを注ぎ、ゴクッ、ぷは〜っ、くぅ〜っ!!!
待ちに待ったビールの味はそりゃもう格別じゃった。

……というだけの話でとくになんのオチもなくスンマセン。

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↑ビールのお供のピタパンサンド。
鴨肉と野菜とバルサミコソース、ビールにとても合うのだけど
このオサレなカフェで昼ビールなぞしている客は
そもそもわたし以外にはいなかったのじゃった……

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↑スポーツセンター近くで。
明治通りからもスカイツリーが見えるんだー、と初めて知った記念の一枚。

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↑帰り道で会ったにゃんこ。
ひとりでごろごろ仰向けに寝転がったりして遊んでいたのだけど
撮影されていることに気づいて緊張ムードに。
驚かせてごめんにゃー

Category : TOKYO


酒の肴



「やらないでする後悔より、やりすぎたなあという後悔のほうが
あとで酒の肴になるじゃない」


↑の『怒髪天SHORT FILM "KEEP WALKING THE 仕事人"』より
THE COMMONSの愚麗威凄さんの言葉。

名言じゃ。


シカオさんも名言を。


Category : SONGS&WORDS


14ヵ月

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去年の4月下旬以降、警戒区域に指定されて一般の立ち入りが禁じられてからも、
自分の住んでいた家や場所が気になって
様子を見に避難先からこっそりと帰ったひとは結構いた。
そのひとたちは見たのだそうだ。
地元の橋の上から川をのぞきこんだときに。
3月11日発生した津波に流されて亡くなったひとが、
何人も何人もその川に浮いているのを。
「でもどうすることもできなかった」と見たひとのひとりは言った。
その場所に自衛隊の捜索が入ったのはそれからずっと後のことだった。
津波で亡くなったひとたちは数ヵ月間そのまま曝され続け、
高線量で被曝し、生前の姿形をとどめない遺体となった。
すぐそこに見える場所にいたそのひとたちを助けることができなかったことに
今も苦しんでいるひとたちがいる。
テレビから「絆」だとかいう言葉が聞こえてくる度に自分も苦しくなる。


最近は避難先の町の中に『避難者は出て行け』という貼り紙がしてある。
確かにそう言われても仕方がないような行動をしている避難者もいる。
どちらが正しくてどちらが悪いとか、そういうことは言えないし言うつもりもない。

事故が起きる前は東電での仕事によって収入を得、
事故が起きてからは東電からの賠償金を得ている。
そういう町のひとたちに対して、
今まで東電とは何の関係もない暮らしをしてきて、
今も何の補償もない町のひとたちが
不快感を覚える気持ちもわからなくはない。
出て行け、と言うひとはこの先もっと増えるのではないかと思う。


若いひとたちならこれからどこででもやっていけるのかもしれない。
でもわたしたち年寄りにはそれはとても困難なことである。
とにかくわたしたちは、そのうち県からも国からも見放されるのだろうなと
この頃よく思う。



以上、2012年5月初旬に大熊町のひとから聞いたお話の記録。

Category : 福島


ねこ時計

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gunung(グヌン)です。
散歩とビールと猫とバリ島が好きです。
音楽と本も好きなので別館ハートに風穴もたまに更新してます。
どうぞよろしく☆

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